バブル景気が崩壊した後の日本は、(ところどころで若干の景気回復が見られましたが)大局的に見ると、基本的にずっと不況です。
そこで、バブル景気が崩壊した1990年代から10年単位で区切って不況の様子を確認します。
繰り返しですが「バブル景気終了後は基本的に不況である」ということを大前提として現代を考えます。
【1990年代の日本経済】
1990年代の日本は2段階で考えます。
第1段階は平成不況です。
「平成」という元号がつけられるくらいの不況だという話です。
なぜ、バブル景気が終了すると、大きな不況が発生してしまうのでしょうか。
大きな要因の1つは「不良債権の増加」です。
不良債権とは「お金を貸したのに返ってこない状態」だと思ってください。
バブル崩壊によって多くの企業が金融機関にお金を返せない状態となってしまいました。
そうすると、当然金融機関は「お金を貸しても返ってこないなら貸すのを辞めよう」となりますね。この状態を貸し渋りと呼びます。この貸し渋りによって、お金が世の中に出回らなくなってしまいました。
経済の法則に従えば、「お金が出回らない=不景気」ですので、どんどん不景気になっていきました。
その結果、企業も余裕がなくなり大規模なリストラが発生したり、中小企業の倒産が増加したりしました。
さらに、マイナス成長と呼ばれる経済成長していない状態も発生しました。
また、安定成長という言葉もあります。これは、年平均3~5%の経済成長をする状態を指します。
では、マイナス成長はというと、年平均マイナス○%の経済成長をする状態です。つまり、成長しているのではなく、経済が衰退している状態だと思って下さい。
これが、バブル崩壊後の日本経済の状態です。
第2段階は、「失われた10年」です。
大規模なリストラやマイナス成長が見られる状況なので、そんな厳しい10年だったらないほうが良かった、この10年は失われてしまっていたんだ、と表現する大変悲しい言葉です。1990年代はそれくらい厳しい状況にあったと思って下さい。(なお、2024年現在は「失われた30年」と表現されることもあります。それくらい日本経済が苦しい状況となっています。)
では、失われた10年で日本はなにをしていたのでしょうか。
当然、不景気をほうっておくわけにはいかないので、国は景気回復の対策を講じます。具体的に対策を講じたのは「日本銀行」と「政府」です。
日本銀行は、ゼロ金利政策と量的緩和政策を行いました。経済の原則に従って金融政策を行ったイメージですね。
また、政府は、公共事業の拡大と減税を行いました。これも経済の原則に従って財政政策を行ったイメージですね。
その結果、日本銀行の政策によってデフレスパイラルが発生しました。不景気と物価下落(デフレ)が連続し、らせん状のようにデフレが進行していくので、デフレスパイラルと表現されます。
また、政府の政策によって、財政赤字が拡大しました。(公共事業でお金を使い、収入源である税金を集めないから、当然と言えば当然ですね。)
本来であれば、金融政策と財政政策を両方行っているので、景気回復に向かっていくはずですが、デフレスパイラルの発生と財政赤字の拡大というマイナスの状況が発生してしまいました。
これは、日本銀行と政府の政策では、景気回復の効果が弱かったと思って下さい。
【2000年代の日本経済】
2000年代の日本経済の特徴の1つに「構造改革」があります。
かなり強い経済政策で、「新自由主義」の考え方だと思って下さい。具体例をいくつか確認します。
例えば、特殊法人の統廃合などが有名です。
「みなし公務員」と呼ばれる、公務員に近い立場の人達というのがいます。代表的なのがNEXCOです。(高速道路の建設などで有名です。)この、道路に関する団体か4つあったのですが、全て民営化されました。(公務員っぽいという扱いがなくなりました。)そのため、NEXCOも一定程度の利益を確保する必要が出てきたことにより、高速道路の料金の変化など、社会へ大きな影響を与えました。
また、郵便局なども有名ですね。「郵政民営化」と呼ばれるのは、この時期の話です。
他にも、構造改革特区の設置も有名です。
構造改革をいきなり日本全国で一気に実行してしまうと、影響が大きすぎるので、まずは特別な区域を設定して、そこで構造改革を行いましょう、というイメージです。
例えば、東京都千代田区で行われた事例に、幼稚園と保育園の見直しがあります。
突然ですが、幼稚園と保育園の違いはなんでしょう。
それは、「幼稚園は教育機関であり、保育園は託児施設である」という点です。そのため、幼稚園の先生は幼稚園教諭と呼び、保育園の先生は保育士と表現します。さらに、幼稚園に通っていた人達は、帰る時間が早かったと思いますが、保育園に通っていた人達は帰る時間が遅かったと思います。このように、幼稚園と保育園では、いくつかの違いがあるわけです。だとしたら、「幼稚園と保育園の両方の良いところ取りをしてしまえばいいんじゃね?」という発想が出てきました。幼稚園と保育園をまとめてしまえ、という発想ですね。この発想を幼保一元化と呼び、幼保一元化の発想で生まれた機関を認定こども園と言います。
さらに、三位一体の改革も有名です。
これは、「地方で出来ることは地方に」という発想を前提に、「地方交付税交付金の見直し/国庫支出金の削減/税源の国から地方への移譲」の3つをまとめて三位一体の改革と呼びます。
この政策によって、収入が減った自治体は自分たちでなんとかしなければならない状況となりました。(ちなみに、三位一体の改革で影響を受けた自治体の一部は、歳出を減らすことが難しく、採用人数を大幅に減らして人件費を削減することで三位一体の改革を乗り切ろうとした自治体も見られました。)
一方で、権力が国から地方に移った部分もあるため、自治体によっては活性化が見られた場面もありました。
これら、新自由主義の強調によって、国による規制緩和や自由競争の促進が見られるようになったため、力のある企業や個人は豊かになり、力のない企業や個人は苦しくなるという状況が発生しました。
つまり、新自由主義は「格差を広げた」という点が重要になります。非正規雇用もこの時期に増加しています。
しかし、新自由主義によって少しだけ日本全体の景気が回復したという事実もあります。(一部の力のある人たちが一気に稼ぐようになり、結果として日本の景気をよくしたという数字が見られますが、生活が苦しくなった人たちも増えています。)そのため、このときの景気を「実感なき景気回復」と呼ぶこともあります。
はたして、日本の経済成長を考えたときに、格差の拡大は仕方ないことなのでしょうか。
【日本経済の現状(2010年前後~)】
日本経済は、世界経済の影響も受けながら、様々な展開を見せています。
世界では、サブプライムローン(低所得者に対しての、徐々に金利が増加していく住宅ローン)を発端とする世界金融危機や、ギリシャ財政危機による円高の進行などが発生しました。その結果、世界経済の経済の影響を受けて日本の不景気が拡大しました。
さらに、不景気の広がりを受けて、一部の地域では「派遣切り」と呼ばれる、派遣労働者のクビなどが発生し、生活困難な人達があふれてきました。(年末に、「年越し派遣村」と呼ばれる炊き出しが公園で行われるなど、社会で話題になっています。)
それだけ、グローバル化が進む現代社会では、世界の影響も受けながら、日本経済が低迷している状況にあります。
また、東日本大震災や新型コロナウィルス感染症など、自然災害や感染症といった別の要因による経済の衰退なども見られ、日本を含めた世界全体で、現在も混迷を極めています。
はたして、これからの日本経済と世界経済はどうあるべきなのでしょうか。