3-10.【要点まとめ】 政党政治について

【政党とは】

政党とは、「政権の獲得を目指す団体」のことです。(政権獲得を目指さない団体を圧力団体と呼びます。)

政党は政権獲得を目指してマニフェスト(政権公約)を作ります。(ただし、マニフェストは強制ではありません。また、マニフェストは政権が作るものであり、個人が作るものではありません。

そして、政権獲得を目指す政党は選挙の結果で与党野党に分かれます。

 

【「与党」と「野党」とは】

政権獲得に成功し、内閣を作る政党を「与党」と呼びます。どの政党も与党になることを目指します。

一方、政権獲得に失敗し、与党に対抗する政党を「野党」と呼びます。

そして、政治の世界では与党と野党が常に政権を狙い合う状態になります。この状態による政治を政党政治と呼びます。

 

【政党と政治の形態】

日本の政党は、2024年末時点で10あります。(自由民主党/立件民主党/日本維新の会/公明党/国民民主党/日本共産党/れいわ新選組/参政党/日本保守党/社会民主党)

政党どうしの争いは大きく2種類に分かれます。大きな2つの政党での争いを「二大政党制」と呼び、3つ以上の政党が争う状態を「多党制」と呼びます。

二大政党制になると、主な政党が2つに絞られるため、選挙が分かりやすく、安定した政権の運営が可能になると言われています。一方で、2つに国民の意見が集中するため、少数意見が埋もれ、多様性が欠ける恐れがあるとされます。

また、多党制になると、多くの政党が登場することで多様な意見が反映できたり、柔軟な政策の形成ができるようになったりします。一方で、多党制の場合、1つの政党で過半数を取れないことがあります。そのような場合に、複数の政党で協定を結んで政権を作ることがあり、このような政権を「連立政権」と呼びます。

 

【戦後日本の政党政治】

 戦後の日本の政治は「保守vs革新」という対立がありました。

なお、戦後で保守の立場だった政党を自由党と呼び、革新の立場だった政党を日本社会党と呼びます。日本社会党の中でもより革新に寄っている側を左派と言い、保守に寄っている側を右派と言いましたが、左派と右派がくっついて日本社会党となっています。(当時は、日本共産党も革新の一部として参加していました。)

また、自由党は同じく保守であった日本民主党とくっついて(これを保守合同と呼びます。)自由民主党が誕生しました。

ポイントは、戦後すぐは「自由民主党の改憲を目指す保守と日本社会党の護憲を目指す革新の対立があった」という点です。

これらが、戦後の日本政治の前提となります。

 

また、戦後日本の政党政治は、「55年体制」と呼ばれていました。1955年に自由民主党vs日本社会党という二大政党が中心となり、政治が展開されたために55年体制と呼ばれます。なお、当時の日本社会党は自由民主党の半分程度しか議席がなく、自由民主党を1とした場合に日本社会党は2分の1程度しか獲得していないため、「55年体制」を別名「1と2分の1政党制」とも呼びます。(実質は、自由民主党の一党支配が続いていました。)

ところが、55年体制は93年に自民党以外の政党が連立政権を作ることで自民党に勝って終了しました。その時の中心が細川護熙という人で、55年体制の崩壊と言われます。

ただし、非自民連立政権が誕生しても、翌年すぐに自民党が復活しました。(村山富市内閣が誕生しました。)その後は民主党という政党が誕生し、2000年以降は自由民主党と民主党の二大政党制の傾向が続きました。

そして、2009年にふたたび政権交代が発生し、自由民主党から民主党へ変わりましたが、2012年に自民党が政権を取り返し、現在は自民党が中心に戻っています。

 

【政党の展開(歴史)と政治資金改革に関する法律】

政党の最初は名望家政党と呼ばれていました。ところが、多くの国で選挙のシステムは制限選挙から普通選挙になっていきました。その結果、労働者という社会の大多数に目が向いた大衆政党が誕生しました。

なお、現代は金持ちや労働者など関係なく、できるだけ多くの有権者から票を獲得することが重要だとされています。このように、全ての人に選ばれるように広く目を向ける政党を包括政党と呼びます。

つまり、政党は「名望家政党→大衆政党→包括政党」と変化してきました。

さらに、現在は圧力団体という政権獲得を目指さない団体が政党に圧力をかけることで、圧力団体が持つ要求を実現していくということも起きています。

ちなみに、圧力団体は基本的に集票や献金で圧力をかけます。そのため、圧力団体が政党に圧力をかけると金権政治(お金の力で政治をコントロールする状態)になりやすいとも言われています。そこで、政治のお金に関しては法律を作ることで対応してきました。作られた法律は大きく2つです。

 

1つは、政治資金規制法の改正です。政治家は活動するのにどうしても費用がかかります。ただし、政治家が隠れてお金をもらったことになるとワイロや裏金など、大きな問題に発展することも考えられます。そこで、政治家個人は1人ずつ資金管理団体というものを作り、そこで政治献金を管理して公表することになりました。つまり、政治献金に関する透明性を確保しようとするということです。

そのため、政治家個人への献金は資金管理団体に送ることになります。このように資金管理団体に送るルールができたため、逆をかえすと、直接個人への献金はダメだということです。

ただし、資金管理団体にお金を送るのは個人のみOKで、企業が資金管理団体あてに献金をすることはダメだとされています。それは、政治家個人に企業が献金してしまうと、政治家個人がその企業のために活動するおそれがあるからです。政治は特定の個人のためのシステムではなく、社会の様々な人達が関わるものです。

そのため、個人よりももっと幅広い視点で活動する代表である政党の場合は、企業からの献金を受け取ってもよいことになっています。

まとめると、政治家は1人ずつ資金管理団体を作って政治献金を公表するため、個人への献金は直接個人ではなく資金管理団体に送ること、企業は資金管理団体あてに献金するのがダメだが、政党あての献金はOKであることになります。

そしてもう1つは、政党助成法です。政党の活動資金を税金でサポートすることになっていますが、あくまでも政党の活動を助成するのが目的となっています。(なお、政党交付金は「日本の人口×250円」が助成されることになっています。)

ちなみに、金銭面を含めた政治改革として、政治資金規正法と政党助成法の他に、公職選挙法の改正(衆議院議員選挙に小選挙区比例代表並立制を導入)と衆議院議員選挙区確定審議会設置法の導入(衆議院での新たな選挙区の区割りづくりを目指す)をまとめて政治改革関連四法と呼ぶことがあります。この政治改革関連4法を導入したのは55年体制が崩壊した時の細川護熙首相のときでした。

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