8-4. 「お金の側面」から世界大戦を二度と引き起こさないために(戦後国際経済の枠組みとその変化)

経済力は、あらゆる場面でとても重要になってきます。治安などが1つの良い例ですが、その国の景気が悪くなると犯罪率も上がるという話です。お金がなくて生活ができずに追い込まれた人が強盗などで金銭を盗んで生活する、ということは十分に想像できます。

このような現象が世界でも発生していますね。自分の国の景気が悪くなったら戦争をすることで、お金を得ていこうという発想は十分にあり得ます。つまり、経済と治安の関係は世界の歴史を考えても同じことが言えそうです。そこで考えましょう。

なぜ、第一次世界大戦後が起きたのでしょうか。その経済的要因はなんでしょうか。

 

【戦前の国際経済体制①(第一次世界大戦)】

戦前の大きな出来事の1つに産業革命があります。このとき、大量生産に成功した国は自国で商品を販売しますが、あるタイミングで売れなくなります。それは、人々が商品を手にしきってしまったときです。例えば、車を大量に作れたとしても、国民全員が車を所有していたら、その国で車はもう買ってくれる人がいないわけです。そこで、世界各国は他の国に販売することを考えました。その時に頼りになるのが植民地です。つまり、植民地をたくさん獲得して、植民地に商品を販売することで自国の利益を増やせるようになるわけです。このように、他の国へ販売するために植民地を獲得するようになった動き帝国主義と呼びます。そのため、第一次世界大戦発生の経済的要因の1つは帝国主義と言えそうです。(ちなみに、第一次世界大戦発生の政治的要因はサラエボ事件です。)では、もう1つの大きな戦争はなぜ発生したのでしょうか。言い換えると、

なぜ、第二次世界大戦後が起きたのでしょうか。その経済的要因はなんでしょうか。

 

【戦前の国際経済体制②(第二次世界大戦)】

1929年に世界恐慌という出来事が発生しました。この時に世界全体の経済が崩壊したわけです。そこで世界各国は自国の経済をなんとかしようと対策を取りました。その代表例がブロック経済(保護貿易)です。つまり、まずは自国が持つ植民地を囲んで、その植民地と積極的に取引を行うことで、とりあえず自国の経済は維持できそうです。しかし、これは植民地がある前提です。植民地が無い国は、当然奪いにいくことになります。そのため、第二次世界大戦は世界恐慌後のブロック経済が経済的要因の1つと言えそうです。(ちなみに、第二次世界大戦発生の政治的要因はドイツのポーランド侵攻です。)

このように、世界の歴史を見ると経済不況が戦争の引き金になっていることは決して否定できません。もし、世界全体が経済不況に進むと、第三次世界大戦ということも考えられそうです。

 

そこで、第三次世界大戦が起きないために必要な経済的政策はなんでしょうか。

 

【戦後の国際経済体制(IMF―GATT体制)】

戦後の世界は、様々なしくみや考え方で世界大戦を引き起こす経済的要因をなくそうと考えました。そのしくみや考え方を導入した体制をIMF―GATT体制と呼びます。

IMF―GATT体制では、2つの制度設計を行いました。1つは国際通貨・金融の制度設計です。(背景にはブレトンウッズ協定というのがあります。)もう1つは自由貿易の制度設計です。

 

では、国際通貨・金融の制度を、どのように設計すると、戦争を防ぐことにつながるのでしょうか。

 

IMF-GATT体制では、国際通貨・金融の制度は「2つの機関の設立」に注目します。1つは「お金が足りない状況を作らない」です。世界恐慌の反省を生かすと、世界各国がお金が足りないと感じることで戦争に向かうことが想定されます。そこで、短期で融資して一時的にでもお金が足りない状況を解消しようと考えました。この機関をIMF(国際通貨基金)と呼びます。

なお、IMFは世界各国で戦争を引き起こす経済的要因として、お金の価値の変動にも注目しています。お金の価値が変わって、自国の経済が悪くなってしまうと経済的に不安定になり、戦争に向かうことが考えられます。そこで、お金の価値を固定してしまい、お金の価値の変動を考えなくても良い状況を作りました。このしくみを固定為替相場制と呼びます。

 

〈※参考:「固定為替相場制」=「金ドル本位制」の考え方〉
お金の価値が変動すると、その国の貿易などの経済に大きな影響を与えるため、為替レートの変動を極力少なくしようと考えました。そこで、為替を固定しようとしたわけです。このしくみを固定為替相場制と呼びます。ただし、為替レートを固定するということは、お金の価値も固定させるということです。つまり、そのお金の価値をなにかしらの形で保証する必要があります。そこでアメリカという国が出した結論は「昔は金がお金の価値を保証していた。ならば、金とドルだけを交換できるようにすれば、ドルがお金の価値を保証することにできるのではないか」です。そのため、固定為替相場制を「金ドル本位制」とも呼びます。
(ちなみに、ドルが中心となっているのは、世界経済の中心もアメリカになっているからです。世界恐慌の開始もアメリカのニューヨークからだということを考えれば分かると思います。)

そして、もう1つは「自立して稼げる国にできるようにするための援助」です。つまり、最終的には誰からもお金を出させず、自分でやっていける状況をつくる必要が出てきます。そのために考えられたのが「長期でお金を融資しつづける」という発想です。1つの国が自立していくためには、やはり長い期間お金を貸し続けておく必要があるということです。この考え方に基づいて設立された機関をIBRD(世界銀行)と呼びます。IBRDでは「戦後&途上国の復興」が考えられました。

 

また、IMF―GATT体制のもう1つの柱である自由貿易の制度設計については、「GATT(関税と貿易に関する一般協定)」が制定されました。GATTでは、貿易に関するルールを明確にすることで、保護貿易にならないよう、自由貿易を推奨していきました。そして、自由貿易では三原則が提唱されました。

 

では、自由貿易に必要な三原則とは、なんなのでしょうか。

 

GATTで提唱された三原則の1つめは「自由」であることです。「自由貿易」と呼ぶくらいなので、制限をかけるのは原則に反してしまいます。

三原則の2つめは「無差別」であることです。貿易の際に、ある国だけを特別に優遇すると、結果的に保護につながってしまうという懸念ですね。ちなみに、無差別には「最恵国待遇」の考え方があります。貿易の際に一番良い対応をした貿易のルールを他国にも適用するので、最恵国待遇と呼びます。

三原則の3つめは「多角」であることです。いろんな国と貿易を行うことを「多角」と表現します。「ある国としか貿易しませんよ」というスタンスは、結果的に保護貿易に向かってしまうので、いろんな国と貿易しましょうという考えになるわけです。そのため、多くの国が一気に集まって話し合うことがありますが、この話し合いを「ラウンド交渉」と呼びます。ボクシングなどのラウンド1、ラウンド2などは、まさしく相手とぶつかり合っている状態ですね。(特に有名なラウンドが「GATTウルグアイラウンド」と呼ばれるものです。)

つまり、GATT三原則は「自由・無差別・多角」の3つがあげられます。

 

このように、「国際経済・金融」と「自由貿易」という2つの側面から戦争の経済的要因を取り除いていこうと考えました。

ところが、「国際経済・金融」の側面が崩壊する展開となったわけです。注目するのは、固定為替相場制です。

 

【固定為替相場制の崩壊】

世界経済のシステムはアメリカに注目する」という原則にもとづいて、アメリカの動きを確認しましょう。アメリカは、「貿易赤字」と「財政赤字」という、いわゆる「双子の赤字」を抱えることになりました。(ちなみに、双子の赤字を生み出した大きな要因の1つはベトナム戦争だと言われています。)双子の赤字で国際収支が悪化し、金とドルとの交換が難しくなってきました。(「金の量<ドル」の状態になり、金が足りない事態となりました。この状態を「ドル危機」と呼びます。)この状態が続くと、金ドル本位制の維持が難しくなってきます。ただし、アメリカはできるだけ固定為替相場制(金ドル本位制)を維持したいと考えました。「アメリカが世界経済の中心」という利権を失ってしまうので。

 

では、固定為替相場制(金ドル本位制)が難しい状況で、アメリカ大統領はどのような戦略を取るべきでしょうか。

 

アメリカは考えました。「固定為替相場制が維持できないのなら、いったん放棄しよう」と。そこで、当時のアメリカ大統領のニクソンさんが金とドルの交換停止を発表しました。この動きをニクソンショックと呼びます。

そして、ニクソンショックで時間を稼いでいるうちに、固定為替相場制を再構築しようと考え、多くの国の大蔵大臣が集まって話し合いを行いました。この話し合いがスミソニアン博物館で行われたので、スミソニアン協定と呼びます。このときに、ドル安にしてアメリカの輸出を推進していくことでアメリカがお金を稼ぎ、再びアメリカのお金の価値を高めようとしたわけです。

ただし、ニクソンショックで金ドル交換を停止し、スミソニアン協定で固定為替相場制の再構築を目指しましたが、結果的には失敗しました。そこで、アメリカは諦めて変動為替相場制にすることを承認しました。この承認をジャマイカのキングストンで行ったので、キングストン合意と呼びます。

このように、ベトナム戦争を中心とした双子の赤字によってドル危機が発生し、ニクソンショック → スミソニアン協定 → キングストン合意 を経て、現在の変動為替相場制に世界が変更していきました。

 

これからの世界各国は、現在の変動為替相場制の中でどのような戦略をとるべきなのでしょうか。

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