【社会権とは :「貧困」との関係(貧困と失業に立ち向かうための権利)】
貧困とは何か ― 絶対的貧困と相対的貧困
「貧困」という言葉をよく聞くようになりましたが、そもそも「貧困」とはどういう意味なのでしょうか。
「貧困」については様々な考え方がありますが、一般的には「教育、仕事、食料、保健医療、飲料水、住居、エネルギーなど最も基本的な物・サービスを手に入れられない状態のこと」とされています。(国連開発計画(UNDP)より)
ちなみに、貧困について日本の場合は、相対的貧困(その国の中で大多数よりも貧しい状態)が注目されています。
また、日本の相対的貧困の基準は世帯年収127万円だとされています。
つまり、その家庭の収入の合計が127万円未満だと日本の中で貧困だということになるわけです。(なお、日本の1人当たりの年収平均は約400万円と言われています。)
この数字に対してどのように感じるかは人それぞれでしょうが、現状日本人の6人に1人は相対的貧困と言われています。
なぜ、こんなにも貧困になってしまう人が発生するのでしょうか。
(※ちなみに、絶対的貧困という言葉もあり、1日2.15ドル未満で生活する人の割合を指しますが、日本の場合は特定の数値がありません。)
貧困は「自己責任」だけでは説明できない
貧困が発生してしまうのは当然多くの原因が考えられますが、どのような原因でも共通しているのは「収入が少ない」という点です。
失業してしまって収入が無くなってしまうパターンや、働いても収入が少なくて生活が厳しいというパターンも考えられます。
しかも、一度貧困になってしまうと様々なサービスを受けられなくなり、自力で貧困から脱出するということが難しくなってしまう可能性もあります。
ただし、貧困の原因は決して個人の自己責任というだけではありません。失業や低収入は雇う側の企業が経済的に苦しい状況であれば発生することも考えられるでしょう。失業や低収入になってしまう人たちの能力や努力だけで貧困を片付けることはできません。
つまり、貧困は個人だけでなく社会的な要因も十分に考えられます。
社会権という考え方――貧困・失業への社会的な対策
そこで、貧困や失業の社会的な対策として、日本という国は憲法の側面から保障しようと考えています。
この、貧困や失業にアプローチする権利を社会権と呼びます。
社会権では、「貧困になってしまった人を解決する」視点に加えて「貧困を未然に防ぐ」視点も考えられています。
そのため、それぞれの視点に注目する必要があります。
【社会権①:貧困を解決する視点(生存権・生活保護と朝日訴訟)】
生存権とは――「健康で文化的な最低限度の生活」
社会権では、「貧困を解決する視点」として生存権が提唱されています。
生存権といえば「健康で文化的な最低限度の生活を保障」することで有名です。
この、健康で文化的な最低限度の生活を保障する具体的な制度を生活保護と呼びます。
(なお、人々の最低限度の生活保障を維持すべきであるという考え方をナショナルミニマムと呼びます。)
生存権の具体化である生活保護に対する裁判を確認しましょう。
朝日訴訟のあらすじ ― 生活保護打ち切りと医療費請求をめぐる争い
[判例:朝日訴訟]
朝日茂さんという男性の方が生活保護を受給していました。金額にして月600円です。(当時の平均月収は2万円でした。ただし、生活保護の場合、医療費などは無料で全て役所が代わりに支払ってくれます。)
この状況を知った朝日さんのお兄さんは朝日さんに1500円の仕送りをしました。
その結果、役所から生活保護が打ち切られ、1500円のうち、生活保護の受給額600円を上回った部分の900円分の医療費も請求されました。
「この状況で生活保護を打ち切られたら健康で文化的な最低限度の生活ができない」ということで、朝日さんは生活保護を打ち切られ、900円の医療費を請求されたことに対して裁判を起こしました。
はたして、「生活保護の打ち切り+医療費の請求」は日本国憲法の社会権に対して違憲なのでしょうか。
朝日訴訟の判決とプログラム規定説
この裁判に対する結果は、合憲(生活保護の打ち切り+医療費の請求は問題なし)でした。
なぜ、合憲なのでしょうか。
根拠となったのはプログラム規定説でした。
裁判所は朝日訴訟について「日本国憲法の社会権は方針を示すのみで生存権の保障までしているわけではない」という考え方で憲法に反していないとしました。
このような考え方をプログラム規定説と呼びます。
(実際の当時も、生存権は「厚生労働大臣の裁量の範囲内」だとして扱われていました。)
なお、憲法に基づいて権利を裁判で主張できるという考え方もあり、この考え方を法的権利説と呼びます。
堀木訴訟 ― プログラム規定説が採用されたもう一つの例
[※参考:堀木訴訟(プログラム規定説の他の例)]
堀木文子さんという全盲の女性が障害者年金を受給していました。また、堀木さんは離婚されたため、障害者年金に加えて児童扶養手当を併給することを請求しましたが、退けられたため、「障害者年金と児童扶養手当の併給ができないのはおかしい」として裁判を起こしました。
はたして、障害者年金と児童扶養手当の併給はできないのでしょうか。
結果は、朝日訴訟と同じでプログラム規定説が採用され、併給は認められませんでした。
【社会権②:貧困を未然に防ぐ視点(教育を受ける権利と労働に関する権利)】
貧困を解決する以外に、「貧困を未然に防ぐ」という視点も考えられます。
貧困を未然に防ぐために必要とされるのが、「教育」と「労働環境の整備」です。(教育で個人の能力を高めながら、労働環境を整備して多くの人達が一定程度の給料をもらえる働きやすい状況を作れば、失業や低収入による貧困は防ぐことができるのでは?という考え方です。)
教育を受ける権利と学習権 ― 教育から貧困の「再生産」を断ち切る
そこで、日本は「教育を受ける権利」を保障しています。義務教育の無償や教育の機会均等などを実現させているわけですね。
(ちなみに、教育を受ける権利を主張する際の土台は学習権だとされています。)
なお、教育に関しては「教育基本法」という「学校教育法」という2つの法律が重要になります。
(教育基本法は、日本の教育に関して規定された法律で教育の憲法とも呼ばれます。また、学校教育法は、日本の学校教育に関する様々な規定を示しています。)
さらに、近年は進学率にも注目されることがあります。
2025年現在、高校進学率は95%以上、大学進学率は50%程度だと言われています。
そして、教育に関する判例として「旭川学力テスト事件」にも注目です。
[旭川学力テスト事件(教育に関する裁判の例)]
日本には、全力一斉学力テストという、日本の学力に関する調査のためのテストがあります。
このテストを、北海道旭川市の中学校で実施しようとしたところ、教員組合の4人が学校に乗り込み、阻止しようとして逮捕されました。
なぜ、4人が阻止しようとしたのか、それは「全国一斉学力テストの実施は、国が教育に関わりすぎている事例ではないか?」と考えたからです。
学校の教育は「学習指導要領」というものがあり、小中高校は学習指導要領に即して授業を展開します。
しかし、全国一斉学力テストのようなものがあると、「テストで高得点を取らなければ!」という発想になり、学校がテストに縛られてしまって、自由な教育ができずに、教育を受ける権利をテストで邪魔されることになるのでは?と考えました。
はたして、教員組合の4人が学校に乗り込んで逮捕されたのは、正しかったのでしょうか。
この裁判の判決は、「逮捕は正しかった」というものでした。
(国が教育に一定程度介入するのはアリという発想です。)
勤労権とは――「働く権利」と「むやみにクビにされない権利」
そして、もう1つが「労働に関する権利」です。
労働に関する権利は大きく2つ保障しています。
1つは「勤労権」です。「むやみにクビにすることはダメ」など、単純に働くことを国が保障します。(じゃあ、もし働けない場合はどうするのか?という疑問も生じますが、その際には生存権、つまり生活保護が発動します。)
労働基本権(労働三権)― ブラックな働き方から身を守る
もう1つが「労働基本権」です。
現在の日本では、せっかくその仕事に就き、その仕事も好きなのに、劣悪な労働環境が原因で辞めてしまうという悲しい状況が発生しています。
(現在はブラック企業などと呼ばれたりもします。)
そこで、労働環境を改善するために考えられている方法の1つが「労働者が団結すること」です。
つまり、使用者(雇う側)が労働環境を改善してくれないのであれば、労働者が団結して使用者に労働環境改善を訴えることが方法として用いられるわけです。
そのため日本は、劣悪な労働環境への対抗策として労働者に与える権利を3つ準備しました。
この3つの権利を労働三権と呼びます。労働三権の別名を労働基本権とも呼びます。また、労働三権の中身をそれぞれ「団結権」「団体交渉権」「団体行動権(争議権)」と呼びます。
団結権とは、労働者が団結することを認める権利を指します。
ちなみに、労働者が団結してできた団体を労働組合と呼びます。
また、労働組合が使用者と実際に労働環境改善の交渉をすることも権利として認められています。これを団体交渉権といいます。
それでも使用者が労働環境を改善しないのであれば、労働組合がストライキなどの行動を起こす権利も持っています。これを団体行動権と呼びます。
このような形で労働三権が活用されています。
労働三権について、2つの仕事に関わる人たちは制限がかかります。1つは公務員です。公務員には団体行動権がありません。(公務員がストライキをしてしまうと、国民生活に影響を及ぼす可能性があるためです。)
なお、公務員が不利益な処分を受けた場合、国家公務員は人事院に、地方公務員は人事委員会に不服申し立てをすることができます。もう1つは治安維持系(消防や警察など)です。治安維持系は労働三権全てが認められていません。(治安維持系の仕事は、職責の特殊性から認められていません。)
さらに、労働三権の制限については裁判となった例もあります。
[全農林警職法事件(労働三権の制限に関する裁判の例)]
全農林と呼ばれる、農林水産省の関係の労働組合があります。
この全農林が、警察官職務執行法(警職法)の改正に反対する運動を行っていました。
その際、全農林の運動が団体行動権に該当するのでは?ということになり、制限がかけられたのですが、そもそも公務員に対して団体行動権の制限をかけることが憲法違反なのでは?ということで裁判になりました。
はたして、全農林という公務員の運動を団体行動とした場合、公務員の団体行動権の制限は憲法違反になるのでしょうか。
判決は、合憲(公務員の団体行動権の制限は問題なし)となりました。公務員という立場の特殊性と全体の奉仕者であるということが根拠となっています。
なお、同じような内容の裁判に、全逓名古屋中央郵便局事件(全逓…郵便局の労働組合)もあり、郵便局員の団体行動権の制限について裁判で争われていますが、全農林警職法事件と同じように合憲となっています。
労働三法――法律で労働者を支えるしくみ
そして、労働三権に加えて労働三法も保障されました。「労働組合法」「労働関係調整法」「労働基準法」の3つが該当します。
これら3つの法律を作って、働く人たちを守ろうとしている現状があります。
→労働三法の詳細な内容は、こちら(経済の労働分野)で扱っています。
このように、国では社会権として「生存権」「教育」「労働に関する権利」を活用するという形で、貧困や失業を解決したり未然に防いだりするための保障をしています。
はたして、日本の貧困の対策はこれからどうあるべきなのでしょうか。
具体的に、どのような対策が必要なのでしょうか。
【あわせて読みたい】
・かたくて難しい政治に「参加する」なんてことが可能なのか(社会の課題を“政治でどう動かすか”まで確認)
・世の中にある差別問題を考える(貧困と差別が絡む現実問題を整理する)
【参考:社会権と貧困対策をまとめて整理】
このブロックで確認すること
– 社会権とは何か
– 生存権・生活保護・朝日訴訟のポイント
– 教育を受ける権利と労働三権の役割
1.社会権とは?
– 貧困や失業を「自己責任」だけにせず、社会全体で支えるための権利。
– 生存権(25条)・教育を受ける権利(26条)・勤労権/労働三権(27・28条)など。
2.貧困を「解決」するしくみ(生存権・生活保護・朝日訴訟)
– 生存権 … 「健康で文化的な最低限度の生活」を求める権利。
– 生活保護 … お金や医療が足りないときに、公的に補う制度。
– 朝日訴訟 … 生活保護基準は主に国会・行政が決めるとし、生存権を
「政策の目標を示す規定(プログラム規定)」ととらえた裁判。
3.貧困を「未然に防ぐ」しくみ(教育と労働の権利)
– 教育を受ける権利 … 義務教育の無償などを通じて、貧困の連鎖を断つ。
– 勤労権・労働三権 … 働く機会を守り、ブラックな労働から身を守る権利。
– 団結権/団体交渉権/団体行動権(ストなど)
覚える際の視点
– 生存権・生活保護 = 「貧困になってしまった人」を支える権利
– 教育・労働の権利 = 「貧困にならないようにする」予防の権利
→ これらをまとめて 「社会権」 と呼ぶ、と押さえておきましょう。