「買った人の自己責任」で終わらせてよいのか――消費者主権と消費者問題を「選べる条件」から理解する【6-4-1】

「初回だけなら安い」と思って申し込んだら、実際には何か月も続く定期購入だった。

画面のどこかには条件が書かれていた。申込みのボタンを押したのも自分です。そう考えると、「よく読まなかった人の自己責任だ」と言いたくなるかもしれません。

けれども、売る側は契約の仕組みをよく知っています。広告の見せ方も、解約の手順も決められます。
一方、買う側は、限られた情報と時間の中で判断します。

両者の条件がこれほど違うのに、「買った」という結果だけを見て、本当に自由に選んだと言えるのでしょうか。

消費者問題の核心は、ここにあります。

【ポイント】
消費者問題を考えるときは、「消費者がきちんと選べる条件がそろっていたか」に注目します。

 

 

消費者主権――買い物は、企業への小さな投票である

企業は、自分の好きな商品を好きなだけ作り続けられるわけではありません。よく売れる商品は増産され、売れない商品は改良されたり、市場から消えたりします。

つまり、最終的に何を、どれだけ生産するかを方向づけるのは、消費者の選択です。この考え方を、消費者主権といいます。

「主権」という言葉は少し大げさに見えます。しかし、政治で一票が政治家を選ぶように、市場では一回一回の買い物が商品や企業を選びます。消費者が買うことで、企業へ「もっと作ってほしい」という合図が送られるのです。

この用語を学ぶ理由は、需要の変化が企業の生産を動かすという、市場経済の流れを消費者の側から見るためです。

【ポイント】
消費者主権とは、消費者の選択が、企業の生産を方向づけるという考え方です。

 

選んだことと、選べたことは同じではない

ただし、消費者主権には一つの弱点があります。

消費者が商品を選んだとしても、必要な情報を隠されていたり、強く押し切られていたりすれば、その選択は形だけのものです。選択が市場を動かすのなら、その前に選択そのものが公正でなければならないのです。

消費者が主役になるには、少なくとも次の条件が要ります。

・商品やサービスが安全であること
・大切な情報が、正しく分かりやすく伝えられること
・複数の選択肢があり、無理に契約させられないこと
・被害が出たとき、相談や救済を受けられること

多重債務、食品表示、製品事故、薬害、悪質商法などは、見た目には別々の問題です。しかし、どれもこの条件のどこかが崩れたものとして整理できます。

【ポイント】
選択が市場を動かすからこそ、選択が自由で、情報に支えられたものでなければ、消費者主権が成立しないことを念頭に置きます。

 

 

なぜ消費者は、いつも十分に選べないのか

「気を付けて買えばよい」と言うだけでは、消費者問題はなくなりません。判断を難しくする力が、取引の中に初めからあるからです。

高校の公共・政治経済では、その力を情報の非対称性・依存効果・デモンストレーション効果という三つの言葉で整理します。名前は難しそうですが、見ている場所はそれぞれ違います。

 

情報の非対称性――売り手は知っていて、買い手は知らない

中古車の販売店は、車の状態を何度も確かめられます。買う人が店頭で見られるのは、ほんの短い時間です。

このように、取引する二者の持つ情報に差がある状態を、情報の非対称性といいます。多くの場合、商品を作ったり売ったりする事業者のほうが、品質、危険性、料金の仕組みを詳しく知っています。

問題は、単に知識の多い人が得をすることではありません。情報の少ない消費者が、本当なら選ばなかった商品を選ぶと、市場に誤った合図が送られます。質の悪い商品が売れ、良い商品が選ばれにくくなることさえあります。

情報の非対称性は、市場の失敗の記事でも扱っています。市場全体の仕組みから復習したい場合は、こちらをご覧ください。
関連記事|市場の失敗と情報の非対称性を確認する

 

依存効果――欲しいという気持ちを、企業がつくる

市場経済は、消費者の欲しいものを企業が作る仕組みだと説明されます。

ところが実際には、企業が広告を出し、消費者の「欲しい」という気持ちを生み出すことがあります。生産が消費者の欲求に従うのではなく、欲求のほうが企業の生産や広告に影響されるのです。これを依存効果といいます。

広告を見て買うこと自体が悪いわけではありません。ここで考えたいのは、消費者の希望は、企業から完全に独立しているとは限らないという点です。

 

デモンストレーション効果――他人の買い物が、自分の基準になる

友人が持っている物を見て、自分も欲しくなる。SNSで多くの人が使っている商品を見て、急に魅力を感じる。こうして周囲の人の消費に影響されることを、デモンストレーション効果といいます。

依存効果では、欲求に影響を与えるのは主に企業の生産や広告です。デモンストレーション効果では、主にほかの消費者です。

二つを分ける鍵は、「だれの影響を受けたのか」にあります。

用語 選択に影響を与えるもの この用語を学ぶ理由
情報の非対称性 売り手と買い手の情報の差 情報が足りなければ、正しく比べられないと分かる
依存効果 企業の生産・広告 欲求そのものが企業に作られることがあると分かる
デモンストレーション効果 周囲の人の消費 他人との比較やまねが選択を動かすと分かる

 

【ポイント】
三つの用語は、「買った」という結果だけでは、自由な選択だったか分からないことを説明するための理論です。

 

 

消費者の四つの権利――「選べる条件」を権利に変える

消費者と事業者の力の差は、一人で注意するだけでは埋まりません。そこで広がったのが、消費者運動です。

1962年、アメリカのケネディ大統領は、消費者の四つの権利を示しました。

消費者の権利 なぜ必要なのか
安全への権利 危険な商品を避け、生命や健康を守るため
知らされる権利 品質や価格、危険性を比べて判断するため
選ぶ権利 複数の選択肢から、押し付けられずに決めるため
意見を聞いてもらう権利 消費者の声を企業や政策へ反映させるため

 

この4つは、ばらばらの暗記事項ではありません。
安全な商品について、必要な情報を得て、自分で選び、問題があれば声を上げるという一つの流れです。

日本でも、消費者が協力して安全な商品を求める運動や、生活協同組合(生協)の活動が広がりました。消費者が一人ずつ企業と向き合うのではなく、集まることで意見を届きやすくしたのです。

【ポイント】
消費者の権利は、消費者主権が本当に働くための条件を、社会全体で保障するものです。

 

 

「保護される人」から「自立した主体」へ――消費者基本法の意味

日本では1968年に消費者保護基本法が制定されました。その後、2004年の改正で、名称は消費者基本法に変わりました。

大切なのは、「保護」という二文字が消えたことだけではありません。

消費者を一方的に守られる存在として見るのではなく、権利を持ち、自分で考えて行動する主体として位置づけ直したことです。

現在の消費者基本法は、安全、選択、情報、教育、意見の反映、被害の救済といった消費者の権利を尊重し、その自立を支えることを基本にしています。

ただし、ここでいう自立は、「だまされても自分で何とかしなさい」という意味ではありません。必要な情報や教育、相談、救済が用意されてこそ、人は自分で選べます。

【ポイント】
消費者基本法で考えられる「自立」とは、自分で判断できるように、権利と情報と救済で消費者の足場を整えることです。

 

消費者市民社会――買い物で、社会の形も選んでいる

2012年には消費者教育推進法が制定され、消費者市民社会という考え方が法律に位置づけられました。

消費者の選択は、自分の満足だけで終わりません。環境に配慮した商品を選ぶ、働く人の人権を大切にする企業を選ぶ、必要以上に買わない。こうした選択は、企業の行動や社会のあり方にも影響します。

消費者は、被害から守られるだけの存在ではありません。よりよい市場をつくる側でもあるのです。これが、消費者の「権利」と「責任」を一緒に学ぶ理由です。

 

 

困ったとき、どこが動くのか――消費者行政を役割で整理する

消費者問題は、食品、住宅、金融、通信など多くの分野にまたがります。担当する省庁が分かれていると、情報が集まらず、対応が遅れることがあります。

そこで2009年、消費者行政の司令塔として消費者庁が設けられ、同時に消費者委員会も発足しました。国の組織名を丸暗記するのではなく、次のように役割で分けます。

組織・窓口 役割 覚えるための一言
消費者庁 情報を集め、法律や政策を進め、関係省庁を調整する 国の司令塔
消費者委員会 消費者行政を調査し、監視し、意見を述べる 独立したチェック役
国民生活センター 相談情報の収集・分析、商品テスト、地方の相談業務の支援などを行う 全国の中核機関
消費生活センター等 地方公共団体の身近な窓口として相談を受ける まず相談する現場

 

この区別が必要なのは、政策を動かす場所、行政を監視する場所、全国の情報をまとめる場所、目の前の相談を受ける場所は、それぞれ仕事が違うからです。

【補足】
消費者トラブルの相談先が分からないときは、消費者ホットライン188(いやや)へ電話すると、原則として身近な消費生活センターなどにつながります。「188=消費者庁へ直接つながる番号」とは限りません。

 

 

一つの核心から、消費者問題の全体を読み解く

消費者分野は、用語が多く見えます。しかし、流れは一つです。

1.消費者の選択が、企業の生産を動かす。――消費者主権
2.ところが、情報・広告・周囲の人の影響で、選択がゆがむことがある。――消費者問題の原因
3.そこで、安全・情報・選択・意見などを権利として保障する。――消費者の権利
4.権利を現実にするため、教育・行政・相談・法律を整える。――消費者政策

共通テストで初めて見る資料が出ても、「この制度は、選べる条件のどこを直しているのか」と考えてください。

情報を増やす制度なのか、安全を守る制度なのか、被害を救済する制度なのかが分かれば、知らない文章にも筋道をつけられます。

【整理・確認】
消費者主権の土台は、消費者がきちんと選べることです。
消費者を守る制度は、自己責任をなくすのではなく、選択が本当に選択になるための条件を整えています。
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