憲法は変わらなくても、守るものは広がる―新しい人権・環境権・知る権利を理解する【2-11-1】

日本国憲法が施行されたのは、1947年です。

当時は、インターネットも、マイナンバーもありません。大きな空港の騒音や、コンピューターに集められた個人情報が、今ほど身近な問題になるとも考えられていませんでした。

では、憲法に書かれていない問題から、私たちを守ることはできないのでしょうか。

と言われると、決してそんなことはありません。
日本国憲法には、一人ひとりを個人として尊重するという、大きな原則が書かれています。社会が変わり、個人の生き方をおびやかす新しい力が生まれたら、一人ひとりを個人として尊重するという原則から必要な保障を考えることができます。

これが、新しい人権の出発点です。

【ポイント①】
新しい人権とは、「新しく憲法に書き加えられた権利」ではありません。
憲法の一人ひとりを個人として尊重する」という大きな原則を、社会の新しい問題に当てはめて考えられてきた権利です。
日本国憲法の基本原理や、憲法が国の最高法規である理由は、こちらの記事で確認できます。
前提記事|日本国憲法の基本原理と最高法規性を確認する

 

 

社会が変われば、人権の「守り方」も変わる

日本国憲法は、施行されてから一度も改正されていません。
しかし、人権保障まで1947年のまま止まっているわけではありません。

その橋渡しをするのが、憲法第13条です。

第13条は、すべての国民が個人として尊重されることと、生命・自由・幸福追求に対する権利が最大限尊重されることを定めています。この幅の広い条文をよりどころに、憲法に名前がない権利も考えられてきました。

ただし、「あれば便利なもの」を何でも人権と呼べるわけではありません。
個人が人間らしく生きるために本当に大切か、ほかの人の権利や社会全体の利益とどう調整するかを、裁判や法律の積み重ねによって具体的にしていきます。
そして、社会が進化すればするほど、社会や技術の力も大きくなります。そうすると、大きな力にばかり注目されてしまい、「個人の幸福」が軽んじられてしまうのです。

ポイント②
社会や技術の力が大きくなるほど、個人が新しく失いやすくなるものが出てきます。新しい人権は、その「失いやすくなったもの」を、憲法の原則から守ろうとする考え方です。
社会の変化 個人が失いやすくなったもの 考えられた権利
工業化・都市化 健康で静かな生活 環境権
国が持つ情報の増加 政治を判断する材料 知る権利
情報技術の発達 私生活や個人情報 プライバシーの権利
医療技術の発達 自分の身体について選ぶ機会 自己決定権

この表は、何の力が大きくなり、その結果、個人の何を守る必要が生まれたのかをまとめたものです。
このまとまりりが分かれば、初めて見る資料にも対応できます。

 

 

環境権――被害を受けてからでは遅いものを守る

工場の煙、川の汚れ、飛行機の騒音。経済が成長し、都市が大きくなると、便利さと引き換えに生活環境が悪くなることがあります。

そこで、良い環境の中で生活することを求める権利として、環境権が主張されるようになりました。憲法第13条の幸福追求権や、第25条の生存権が、そのよりどころとして挙げられます。

この言葉を学ぶ理由は、「人権には、被害を受けた後にお金で償ってもらうだけでなく、回復しにくい被害を前もって防ぐ役割があるからです。

【ポイント
環境権の核心は、「破壊された後で償う」だけでは足りないものであるという点です。健康や静かな暮らし、昔からの景観には、失ってから元に戻すことが難しいのです。

 

大阪空港公害訴訟――「権利があるか」だけでは裁判を読めない

大阪空港の周辺住民は、航空機の騒音によって生活をおびやかされたとして、夜間飛行の差止めと損害賠償を求めました。

最高裁判所は、過去の騒音被害について国の損害賠償責任を認める一方、国が管理する空港の運航を民事裁判で差し止める請求は認めませんでした。

ここを「住民が勝った」「環境権が否定された」のどちらか一言で覚えると、かえって分かりにくくなります。裁判では、何を求めたのかによって結論が分かれたからです。

 

国立マンション訴訟・鞆の浦訴訟――守られたのは抽象的な言葉だけではない

環境には、空気や水だけでなく、町並みや眺めも含まれます。

国立マンション訴訟では、最高裁判所が、良い景観から得る利益も法律上守られうると示しました。ただし、その事件では、建物の建設が直ちに違法になるとはされませんでした。

広島県福山市の鞆の浦訴訟では、歴史ある景観を守ろうとする住民が、埋立て・架橋計画に関する免許を出さないよう求め、地方裁判所が差止めを認めました。

二つの事件から分かるのは、景観を大切に思う気持ちのうち、どこまでを具体的な利益として法律で守れるかを、事件ごとに考えているという点です。

【補足】
入試では、環境権の主張と、騒音・健康・景観などの具体的な利益が判例や法律で守られることを分けて考えてください。

 

 

公害対策から環境政策へ――法律の流れにも理由がある

環境を守る仕事は、裁判だけではありません。被害が広がる前に、国や企業の行動を決める法律も当然対象となります。

制度 流れの意味
1967年 公害対策基本法 深刻な公害への対策を国の基本方針にした
1971年 環境庁 各省庁に分かれていた環境行政をまとめた
1993年 環境基本法 公害だけでなく、自然環境や地球環境まで視野を広げた
1997年 環境影響評価法 大規模な事業が環境へ与える影響を、実施前に調べる手続を定めた
2001年 環境省 環境行政を担う省として発足した

 

この表の流れの中心にあるのは、被害が起きた公害への対応から、環境全体を先に守る政策へ広がったという流れです。

特に、環境影響評価(環境アセスメント)は、道路や発電所などの大きな事業を始める前に、環境への影響を調べ、予測し、評価する仕組みです。環境権の核心である被害の予防を、行政の手続にしたものだと考えると、役割がよく分かります。

【整理・確認】
公害対策基本法の廃止に伴って環境基本法が制定されました。
この変化は、政策の対象が「目の前の公害」から「将来を含む環境全体」へ広がったことを表します。

共通テストでは、公害の発生件数などの資料と、制度の成立順序が一緒に出されることがあります。だからこそ、「なぜ次の制度が必要になったのかを押さえておきます。

 

 

知る権利――民主主義は、判断の材料がなければ動かない

選挙で一票を投じることができても、政府が何をしているか分からなければ、よい判断はできません。

そこで重要になるのが、知る権利です。
知る権利とは、国民が政治や社会について必要な情報を受け取り、求めることができるという考え方です。

主なよりどころは、憲法第21条の表現の自由です。

一見すると、「表現」は話す側の自由に見えます。
しかし、話す人がいても、受け取る人がいなければ、意見が社会に影響を与えるということが難しくなってしまいます。
表現の自由には、情報を伝える側だけでなく、受け取る側を守る意味もあります。

【ポイント
知る権利が必要な理由は、国民が事実を知り、考え、政治に関わっていくためです。
そのため、知る権利は民主主義の土台としても大切な権利になります。
精神の自由や表現の自由そのものは、こちらの記事で詳しく扱っています。
関連記事|精神の自由・表現の自由を確認する

 

報道・取材の自由は、国民の知る権利を支えている

国民一人ひとりが、政府の会議や外国との交渉を直接調べることはできません。そこで、新聞やテレビなどの報道機関が取材し、社会に伝えます。

最高裁判所も、報道は国民の知る権利に役立ち、民主主義の下で大切な働きをすると述べています。これが、報道の自由取材の自由を学ぶ理由です。

ただし、取材なら何をしてもよいわけではありません。

外務省秘密電文漏洩事件(西山事件)では、沖縄返還をめぐる秘密文書を入手した記者が、その取材方法を問われました。最高裁判所は取材の重要性を認めながらも、秘密を持ち出させた方法が社会的に許される範囲を超えていたとして、有罪の結論を維持しました。

補足
大切な目的があっても、すべての手段が正当化されるわけではありません。判例は「取材の目的」と「取材の方法」を分けて判断しました

 

 

情報公開制度――「知らせてほしい」を請求できる形にする

知る権利は重要です。しかし、「国は情報を公開すべきだ」と願うだけでは、実際に文書を見せてもらえるとは限りません。

そこで、抽象的な考えを具体的な手続にしたのが情報公開制度です。
地方公共団体の情報公開条例が先に広がり、国では情報公開法が1999年に成立し、2001年に施行されました。

この法律により、だれでも国の行政機関が持つ行政文書の開示を請求できます。
ただし、個人のプライバシーや国の安全などを守るため、公開しない情報も定められています。

補足
知る権利は「なぜ公開が必要か」を示す考え方、情報公開法・条例は「どうやって公開を求めるか」を定める制度です。

 

特定秘密保護法――安全を守る秘密と、民主主義をどう両立させるか

外交や防衛には、すぐに公開すると国民の安全をそこなう情報があります。一方、政府が広い範囲を秘密にすれば、国民は政府の行動を確かめにくくなります。

この二つを調整する法律が、2013年に成立した特定秘密保護法です。防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止に関する情報のうち、特に秘密にする必要があるものを、行政機関の長が指定します。指定や取扱いを点検する仕組みも置かれています。

 

アクセス権――反論したいからといって、掲載を強制できるのか

新聞などのマスメディアから批判された人が、同じ媒体に反論を載せるよう求める権利を、アクセス権といいます。

サンケイ新聞意見広告事件では、新聞に反論文を無料で載せることが求められました。しかし最高裁判所は、法律の定めもないのに、一般的な反論文の掲載を新聞社へ強制することは認めませんでした。強制すれば、今度は新聞社の表現の自由や編集の自由をおびやかすからです。

アクセス権から、人権どうしがぶつかることがあることが分かります。
つまり、権利を広げれば、別の人の権利をせばめることがあるというわけです。

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