2-3. 中国の物事の考え方の根本とは(東洋の源流思想)

中国では、諸子百家とよばれる、中国思想の中心になる人達の活躍が見られました。その中でも、特に注目されたのが孔子という人物です。

 

【孔子の思想(儒家思想)】

最近「誰か相手を思いやった」経験はあるでしょうか。

そういった経験が全くないという人もいれば、相手を思いやる気持ちは持っていても実際に行動に移せていない人や、日頃から相手を思いやってすぐ行動に移す人もいるでしょう。

古代中国では、孔子という人の儒家思想がとても大切にされました。

孔子は、儒家思想の根本を「」と「」としました。仁は「相手を思いやる心のこと(内面的)」で、礼は「仁の具体的な実践(外面的)」を指します。つまり、孔子は相手への思いやりの気持ちを持って、その思いやりを行動に移すことが大切だとしました。(相手を思いやる気持ちだけ持っていたとしても、それは仁しか持っていないことになるので不十分ということになります。)

 

【孔子の派生①(孟子と荀子)】

いじめは絶対にダメなのですが、学校や職場など、現在でもいじめは様々な場所で発生しています。そんないじめを未然に防ぐ方法は、なにが考えられるでしょうか。

孔子の考え方の後継に、孟子荀子という2人の人がいます。

孟子は「性善説(人は生まれながらに善い心を持っている)」を提唱し、荀子は「性悪説(人は生まれながらに悪い心を持っている)」を提唱しました。

もし、「いじめを未然に防ごう」という考え方を前提とするならば、孟子は「人間は生まれながら善い心を持っているのだから、その善い心を教育しよう」と考えます。また、荀子は「人間は生まれながら悪い心を持っているのだから、ルールを作ってその悪い心をコントロールしていこう」と考えます。

 

【孔子の派生②(朱子と王陽明)】

自分が驚くような状況が発生したとしても、自分の心をコントロールして平静を保つことはできるのでしょうか。

孔子以降のさらなる派生として朱子王陽明の2人が出てきました。

朱子は、「心は理性でコントロールできる」と考えました。つまり、驚くような状況が発生したとしても、理性を働かせれば心のコントロールは可能だという発想です。一方、王陽明は「自分の心を保つには経験あるのみ」と考えました。つまり、理性を使っても自分の心のコントロールはできないので、様々な経験を積んでいく中で自分の心の保ち方を探していく必要があるということになります。

 

【老子や荘子の思想(道家思想)】

老子荘子は、道家思想を提唱しました。道家思想の中心は「大道廃れて仁義あり」です。

仁義とは「人が進むべき道」のことです。道家思想では、人が進むべき道が誰かに決められているのはどうなのか?という発想になりました。むしろ、決められた道ではなく、ありのままに生きるほうがよいのではないか?と考えていたわけです。ありのままに生きる(無理をしない)ことを「無為自然」と呼びますが、無為自然(≒大道)がなくなったので仁義が発生したと考えています。

つまり、道家思想では「仁義を否定して、無為自然を推奨した」わけです。もう少し言うと「無為自然が無くなったから、仁義が発生した」という皮肉を「大東廃れて仁義あり」と表現しました。事前に示されているヘンに人が進むべき道を行くよりも、ありのままに生きることを推奨しているのが道家思想です。

 

孔子、孟子、荀子、老子、荘子の代表的な5人の考え方のうち、どの考え方が現在の社会に必要なのでしょうか。

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