【日本の儒教について】
そもそも儒教とは、孔子の教えによる「仁」(相手を思いやる内面的な気持ち)と「礼」(仁の具体的な実践)を重視した考え方のことです。そして、日本の儒教といえば、林羅山という人がスタートです。
林羅山は、江戸時代の前期に中国の朱子学を導入しました。(朱子学は、「身分秩序が当然」の発想で、当時の幕藩体制を支える礼秩序の理論となりました。)
そこで、身分秩序(中国の朱子学の前提の考え方)については、日本で2人が色々と考えました。
1人は、伊藤仁斎という人です。伊藤仁斎は、身分秩序があると本当の人間関係を作れないのでは?と考えました。要は、身分秩序による人間関係は、本当の人間関係ではないのでは?という発想です。そこで、うそいつわりない人間関係を大切にすべきという発想を「誠」と呼び、重視しました。なお、うそいつわりない人間関係を重視する分野を「古義学」と名付けました。
もう1人は、荻生徂徠という人です。荻生徂徠は、身分秩序は全員での共通のルールとして認識されていないというのが問題だと考えました。(みんながちゃんと身分秩序を分かっていたら、身分どうしなどの争いは考えられないという発想です。)そこで、荻生徂徠は「礼楽刑政の道に従うべき」だと考えました。礼楽刑政は、儀礼・音楽・刑罰・政治の4つの文字を取ったもので、儀礼も音楽も刑罰も政治も人が作ったものですね。このように、人が作った制度を学ぶべきだとした考え方を「古文辞学」と呼びます。
【「国学」という考え方】
日本の古典研究を重視しようとする学問を国学と呼びます。国学では儒教や仏教を「さかしらごと」(利口そうに振舞っているだけ)と批判しました。この国学を重視した人物が2人です。
国学を重視したうちの1人は、賀茂真淵という人です。賀茂真淵は、国学の研究から素朴で人間らしい心を「高く直き心」と表現して、重視しました。
もう1人は、本居宣長という人です。本居宣長は、惟神の道(カミの振る舞いにそのまま従うこと)を前提に、漢意(からごころ)はダメで、真心が良いとしました。
漢意とは、儒学のように人間性を理屈でとらえることで、真心とは、事に触れてありのままに動く心のことです。真心を本居宣長は「もののあはれ」と表現して重視しました。