【社会正義の重視】
功利主義という考え方があります。これは、一言でいうと「結果が大事」であるという考え方です。
これを個人にあてはめて考えると「途中の過程よりも結果的に個人が幸せになることが重要」であるという考え方です。
ところが、功利主義はあくまでも個人に注目しているので、「社会全体」という視点が落とされてしまっています。
そのため、功利主義を修正して社会全体に注目しましょう、という考え方がでてきました。この考え方を「正義論」と呼びます。正義論は「社会全体の幸せが重要」であるという考え方です。
正義について考えるために、正義論に注目した人物を2人確認します。
【ロールズの正義論】
近年の正義論で特に重視されるのがロールズという人の正義論です。ロールズは自分に関するあらゆる情報を知らないものと仮定して、なにも知らない状態でどの立場でも採用できる考え方が本当の正義だと考えました。この考え方を「無知のヴェール」と表現しました。そして、無知のヴェールを前提に2つの「正義の原理」を提唱しました。
1つは、公正な機会均等原理です。ロールズは、全員に均等に機会が与えられていることが重要だとして、機会均等のうえで生じる不平等は仕方ないと考えました。(これは、結果の平等とは違うので注意しましょう。)
なお、機会の平等を「形式的平等」、結果の平等を「実質的平等」と呼びます。
もう1つは、格差原理です。社会で最も不遇な者の境遇を改善するための不平等は是認できると考えました。
(この考え方にもとづく税に関する制度を累進課税と言います。)
【センの正義論】
アマルティアセンという人は、ケイパビリティ(潜在能力)の開発を重視しました。潜在能力とは「可能性」のことだと思って下さい。つまり、潜在能力を高めて、選択できる幅を広げていくことが大切だとしました。(このような、潜在能力の開発が福祉の目的であるとも考えました。)
そして、潜在能力については「人間開発指数」という数字で具体化し、健康・収入・教育の3つを重視しました。つまり、センの考え方にたてば、税を例に考えると、累進課税は潜在能力を高められるなら正義だと考えられそうです。
なお、アマルティアセンという人は「人間の安全保障」を提唱しました。個々の人間に注目し、人間個人の人権を守ってそれぞれが持つ豊かな可能性を実現する考え方を「人間の安全保障」と呼びます。
【正義が他者とぶつかった場合、どうやって調整するのか】
物事の決定はどのような方法が最良なのでしょうか。
考えられる1つめの方法は、「みんなで話し合って自由に決める」という方法です。この考え方をリベラリズムと言います。ただし、リベラリズムは話し合いの際に多数決となった場合、少数派を救いきれない可能性があるという問題点を抱えていると言われています。
考えられる2つめの方法は、「全てを参加者の自由にする」という考え方です。このように、徹底して自由を追求する考え方をリバタリアニズムと言います。ただし、リバタリアニズムは自由であるがゆえに「富が少ない人は必然的に救えなくなる」というデメリットがあります。
考えられる3つめの方法は、「国が判断すべき」という考え方です。つまり、国などのコミュニティが方向性を決めるべきだという発想です。この考え方をコミュニタリアニズムと言います。ただし、人によって正義が悪になる可能性があるというデメリットが考えられます。
このように、社会全体の幸福である「正義」については、様々な考え方が見られます。