2-2.【要点まとめ】 西洋の源流思想(古代ギリシア哲学)について

「効率的に進める」などのように、頭を使って論理的に物事を進めていく考え方を合理主義と呼びます。合理主義は理性(感情に振り回されず、物事を筋道立てて考えること)を重視することが前提となります。

ギリシアという国では、古代から理性(ロゴス)を重視した合理主義が考えられ、代表的な人物が3人登場しました。

そして、古代のギリシアでは、根本として「幸せ」に注目していたことがあげられます。

 

【ソクラテスの「幸せ」】

ソクラテスという人によれば、人が幸せになれないのは「幸せとはなにか」を知らないからだと考えました。

そのため、「自分は知っていない」ということ、つまり、自分が無知であることを知るのが大事だと考え、この考え方を無知の知と表現しました。
そして、無知の知を自覚できれば、知ることを愛せるようになると考え、これを知への愛と表現しました。

また、ソクラテスは「幸せ」とは「よく生きる」ことの重視だとしました。よく生きるとは、「立派に生きる」ことを指します。

そして、立派に生きるためのソクラテスの答えは、魂(プシュケー)への配慮でした。魂とは人間の心だと思ってください。つまり、人間である自分自身の心に配慮することで、立派に生きられるのだとしました。

さらに、ソクラテスは自分自身の心に配慮するためには、「なにがよいものなのか」を知ることが大切だと考えました。
要は、相手のことを理解して、相手にとってなにがよいものなのかを知れば自分自身の心に対しても配慮する行動が取れるようになり、結果として幸せになれる、という考えです。これを善さ(徳、アレテー)を知る」と表現しました。

そして、ソクラテスが善さを知ることを大切にした理由は、そもそも「徳がなにであるか」を知らないと、徳を行動に反映できないからだとされます。この考え方を「知行合一」と呼びます。
そして、徳を知って行動に移せれば幸せになれると考え、これを「福徳一致」と呼びます。

 

【プラトンの「理想」と「幸せ」】

古代ギリシア哲学の2人目であるプラトンという人は、幸せは理想(イデア)を追求することだと考えました。そして、イデアの中でも特に重視したのが「愛の理想(エロス」を追求することでした。エロスとは、愛に対する永遠の理想のことを指します。

また、プラトンは「理想の恋愛」は「理性」で求めるものだとしました。つまり、なんとなくの空想や一時の感情などではなく、合理主義にもとづいて理性を用いて論理的に愛の理想を追求することに重きを置いたというわけです。

このように、プラトンは理想をベースに様々なことを考えていきました。
そして、プラトンが特に強く主張したのが「理想の徳」と「理想の政治」です。

理想の徳は、「四元徳」だと考えました。プラトンは、欲望と気概は人間の持つ理性でコントロールすると、理性と欲望と気概がバランスを取り、自分自身にとっても、社会全体にとっても良い(=正義が実現できる)のではないか、と考えました。この理性・欲望・気概・正義という4つの一連の考え方を「四元徳」と呼びました。つまり、理性」が「欲望」と「気概」を統制することで正義を実現するという考え方です。

また、理想の政治は哲人政治でした。哲学者が政治のトップに立つべきだという発想です。

 

【アリストテレスの「現実」と「幸せ」】

古代ギリシア哲学の3人目であるアリストテレスは、幸せの定義のようなものを「形相」と名付けました。形相は個々が持っていて、個々によって違うと考えました。(幸せの答えは人間なら人間独自の、動物ならその動物独自の答えを持っているという前提です。)

 

アリストテレスは、人間の場合は倫理的徳(習性的徳)が形相だと考えました。倫理的徳とは「人柄」のことだと思って下さい。つまり、良い人柄を持っていれば、それが人間にとっての幸せであると考えました。

「良い人柄」については、人によって答えが違うため様々な解答が予想されますが、「良い人柄」についてどのように定義したとしても、アリストテレスは、2つのことを注意すべきだとしました。

1つは、「体得が必要」だということです。つまり、その人柄がクセになるくらいまで身につけるべきだという発想です。(体得の理由は、感情に左右されないことが重要だとされるからです。感情に左右されるような人柄は決して良い人柄とは言えないでしょうし、その人柄をクセになれば感情に左右されずにすむという話です。)そうすれば、その人柄を習性として日頃から発揮できるようになります。(なので、倫理的徳を習性的徳とも表現します。)

そして、もう1つは、「中庸を意識する」という発想です。中庸とは、「真ん中を目指すこと」です。極端な人柄にならず、真ん中を目指すべきだとしました。

 

〈※注意:「中庸」と「中道」〉

 「中庸」とは真ん中を目指すことですが、似た言葉に「中道」があります。これは、仏教の考え方で「両極端を避ける」という発想です。中庸はアリストテレス、中道は仏教です。

 

また、アリストテレスは倫理的徳について2つのことを考えました。

1つめは、「具体的にどんな人柄が幸せか」です。これについてアリストテレスは幸せな良い人柄と幸せでは無い悪い人柄を考えました。

悪い人柄は、「お金、名誉、快楽など」を追求する人柄だとしました。

一方、良い人柄は、「純粋に理性を働かせることを楽しむ」人柄だとしました。そこに利害が絡まない、純粋な人柄で生活する様子を「観想(テオーリア)的生活」と表現しました。

2つめは、「幸せを願い、調整すること」です。そのためには、アリストテレスは「友愛」と「正義」という2つを重視するべきだとしました。友愛とは「他人の幸せを願う」こと、正義とは「全員の幸せを調整する」ことです。

また、アリストテレスは正義を「全体的正義」と「部分的正義」に分けました。全体的正義は、名称の通りすべてにおいて正義を実現する状態です。一方、部分的正義は、「配分的正義」と「調整的正義」の2つに分けられると考えました。

配分的正義は、「その人の名誉や報酬などで配分する正義」を指し、調整的正義は、「公平になるように調整する正義」を指します。

 

このように、古代ギリシアでは、有名な3人の哲学者がそれぞれ「幸せ」について考えました。

ソクラテスは、何が幸せかを知り、その幸せになるように行動していくことが大切だとしました。

プラトンは、理想(イデア)を追求することが幸せだと考えました。

アリストテレスは、純粋に理性を楽しむ人柄と、友愛・正義が幸せだと考えました。

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