1-3. 「話し合い」で本当に意見をまとめることができるのか(社会契約説の3パターン)

学校や職場など、集団で話し合いをするときには「参加者全員が話し合いの結果に納得すること」が求められます。(これを合意形成と言います。)

はたして、どうすれば「全員が納得したうえで意見を一致させる」ことができるのでしょうか。参加者全員の意見を一致させる方法は何が考えられるのでしょうか。

そして、その話し合いを現実の社会で具現化していくためには、どのような方法が考えられるのでしょうか。

 

【社会契約説を考える時の前提】

社会契約説を考えるために、以下の簡単な例を検討します。

[例]
学校のクラスで学園祭の発表内容を決めるとします。どのように決めれば、クラスのメンバー全員が納得した発表内容になるでしょうか。

この質問の答えについて、社会契約説を題材に考えます。

 

繰り返しですが、社会契約説とは、ざっくり簡単に言うと話し合いのことです。

 

また、社会契約説は前提として「個人を尊重すること」・「自然権を保障すること」の2つが考えられています。

 

個人の尊重は名前の通りで、話し合いに参加している人それぞれを尊重することを指します。(誰かの意見を尊重せず蹴落とすなどのようなことがあっては、参加者全員が納得できるような合意形成にはつなげられません。)

また、自然権とは「誰かを殺してはいけない」「誰かのものを盗んではいけない」など、人として持っている当たり前の権利を指します。
自然権がなくなったら、穏便な話し合いではなく、暴力的手段で最終的に物事の優先順位を決めてしまう、といったようなことが起きてしまうかもしれません。

 

当然ですが、このように2つの前提が崩れたら話し合いが成り立たなくなってしまいます。
そのため、個人の尊重と自然権の保障というのが社会契約説を考えるときの前提になります。

 

では、具体的に参加者全員が納得した内容を作るために、どのような話し合いの方法が考えられるのでしょうか。
ここでは、3人が話し合いの方法を考えました。

 

【社会契約説①:ホッブズの考え方】

1人目はホッブズという人です。

ホッブズは、話し合いをすると意見が割れて人々が揉めてしまうと想定しました。
だとしたら、クラスのリーダーや担任に代表して決めてもらった方がいいのではないか、と考えました。
つまり、
物事を決定する権利を全てリーダーや担任にゆだねるのが良い、という発想になったわけです。

この発想をホッブズは「自然権を譲渡する」と表現しました。
鋭い人は、これだと「結局絶対王政と変わらないのでは?」という疑問が生じるかもしれませんが、その通りです。ホッブズは
結果的に絶対王政を擁護することにつながりました

 

【社会契約説②:ロックの考え方】

2人目はロックという人です。

ロックは、ホッブズのような結果的にリーダーに全てを任せるという発想はやりすぎだと考えました。

そこで、グループの中で代表者を決めて、その代表者に話し合いの結果を伝え、代表者どうしが話し合って決めるのが良いとしました。
つまり、クラスの意見はクラスの代表者を決めて、その人たちに話し合って決めてもらうべきとしました。
この発想をロックは「自然権の一部を
信託する」と表現しました。

ちなみに、代表者による話し合いで物事を決めたとしても、最終的に判断するリーダーが誤った判断をすることも考えられるでしょう。
その場合は、人民は抵抗権(革命権)を行使することによって、リーダーを交代させることができるとしました。

ただし、ロックの考える「代表者に任せる話し合い」という方法にも問題点があります。
それは、「代表者が本当に自分たちの意見を話し合いに反映させてくれるかわからない」という点です。
グループで話し合って意見を代表者に伝えたとしても、代表者がそのグループを裏切って代表者自身の意見をグループの意見として主張してしまうことも考えられるでしょう。

そこで、ホッブズやロックと違う、新たな考え方が登場しました。

 

【社会契約説③:ルソーの考え方】

その新たな考え方になるのが3人目のルソーという人です。

ルソーは、なんだかんだ言って、結局はクラス全員で話し合うのが理想で、実際にクラス全員で一斉に話し合うべきだとしました。つまり、参加者全員が直接話し合うのが重要だと考えました。
そうすることで、そこに集まっている集団の本当の意見がまとまるだろうと考えたわけです。

この時の集団の本当の意見を一般意志と呼んで重視しました。

ちなみに、集団全体ではなく、全員の個々の意見を尊重する状態を全体意志と呼び、批判しました。(なお、個々が持つ意見を特殊意志と呼び、特殊意志の総和を全体意志と呼びました。)

 

また、ロックのように誰かを間にはさんで意見を述べる発想を間接民主制と呼び、ルソーのように自ら直接話し合う発想を直接民主制と呼びます。
(現在の日本は、選挙という形で間接民主制を実施させています。)

 

はたして、3人の中で最も優れている社会契約説はどれなのでしょうか。どの社会契約説が現代に適しているのでしょうか。

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