4-1.【要点まとめ】 日本の古代思想(鎌倉時代までの仏教)について

【日本人と自然・神との関係】

日本の人々が神に頼る理由は様々ですが、1つは「いろんなところに神がいる」と考えるからだとされます。この無数の神々のことを八百万神と呼びます。

また、昔の人は「あらゆる物事に霊魂が宿る」とも考えていました。この考え方をアニミズムと呼びます。

そして、日本の人々が神に頼る理由のもう1つに、「感謝の気持ちや災厄から逃れたいという気持ちがある」ということが言われます。災厄から逃れるために神に頼る、と考えると分かりやすいです。この発想から出てきた宗教を神道と呼びます。また、神道の代表的な行為が祭りとなります。

 

【日本人の倫理観】

人間は、あらゆるところでモラルや道徳力を発揮していることが思い出されますが、それらは時代によって考え方が変わってきているわけです。

 

昔(古代)は、「他人を欺かず、偽らない、澄んだ心」が大事だとされていました。この倫理観を清き明き心と表現します。

 また、中世は「私利私欲のない心」が大事だとされていました。この倫理観を正直と表現します。

さらに、近世は「」の精神が大事だとされました。

そして、現代は「の文化」だとされました。(ルース・ベネディクトという人が菊と刀という本で現代日本を「」の文化と表現し、現代のヨーロッパを「」の文化と表現しました。)

ちなみに、日本の文化的特徴のもう1つ大きな要素は「仏教」という視点です。

 

【日本的仏教の形成(聖徳太子・平安仏教)】

仏教は、百済の聖明王によって日本に取り入れられました。その際、飛鳥時代に仏教に注目したのが聖徳太子です。聖徳太子は、仏教から「」の精神を説くとされました。「和」とは協調性のことです。つまり、仏教においては協調性が大事ということです。

 

その後、平安時代に突入し、平安時代の仏教として平安仏教が隆盛しました。平安仏教の中心は2人です。

1人は最澄です。比叡山延暦寺天台宗を開きました。最澄は、仏性を強調しました。仏性とは「本来、人はみな仏になる性質を持っている」という考え方です。

もう1人は空海です。高野山金剛峯寺真言宗を開きました。空海は、即身成仏を強調し、大日如来との一体化を説きました。

ただし、これら最澄と空海の教えが難しいという理由でなかなか広まりませんでした。

そこで、もっと簡単な方法で仏教を身近にしていく必要があるのではないか、という発想が出てきました。実際に「身近で簡単に打ち込める仏教」として誕生した仏教を鎌倉新仏教と呼びます。

 

【日本的仏教の形成(鎌倉新仏教)】

1人目は法然です。法然は浄土宗で「専修念仏」を唱えました。ひたすら「南無阿弥陀仏」を唱えよう、そうすれば、極楽浄土という全く苦しみのない世界に行けるという発想です。これくらいシンプルなので、鎌倉新仏教は受け入れられやすかったというわけです。

 

2人目は親鸞です。親鸞は浄土真宗で「絶対他力」を唱えました。阿弥陀仏に全てを委ねようという発想です。

 

3人目は栄西です。栄西は臨済宗で「公案」を提唱しました。坐禅の際に、禅問答のようなものを考えていこうという発想です。

 

4人目は道元です。道元は曹洞宗で「只管打坐」を提唱しました。これは、ひたすら坐禅することが重要という意味で、只管打坐によって身心脱落の境地を説きました。

 

5人目は日蓮です。日蓮は日蓮宗で『法華経』を選択し、「南無妙法蓮華経」を唱えました。(これを唱題と言います。)「南無妙経」なので法華経です。

 

6人目は一遍です。一遍は時宗で「踊念仏」を提唱しました。

 

このように、1人目から6人目まで、全員がシンプルであることが前提となっています。

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