3-2.【要点まとめ】 ドイツ観念論(カントとヘーゲル)について

【カントの「自由」】

カントという人は、人がなにか行動をするときは、「目的(動機)」が最も大切だと考えました。

また、目的の理想は「定言命法である」と考えました。どういうことなのでしょうか。

 

何かを行動する目的(動機)には、多くの人は「○○ならば××しよう」というように理由をつけてしまうものです。
しかし、カントは「××するぞ」のように、目的(動機)に理由は必要ないと考えました。もっと言うと、真の目的は「○○ならば」のような言い訳のようなことは出てこないと考えました。このように、理由をつける目的を「仮言命法」と呼び、理由をつけない目的を「定言命法」と呼びました。そして、カントは仮言命法がダメで、定言命法が良い、としました。

これらを踏まえ、カントは『善意志」と「動機説」による「意志の自由」が大切である』と考えました。
善意志とは、無条件に(理由なく)善いとされる行為のことで、動機説とは、行為の価値は結果よりも動機にある結果<動機)という考え方のことです。
そして、「善意志をやりたくてやる自由がある」という考えを「意志の自由」と呼びました。

なお、定言命法は道徳法則(モラル)」で自分を律する(それに従う)ことで実現すると考えました。つまり、自分のモラルに従って行動すればそれが定言命法になるということです。この考え方を、意志の自律と呼びます。

 

【カントの「人格」】

カントは、「人間」について考えた時に、人間は「尊厳ある存在」だと考えました。尊厳ある存在とは「無限の価値を持つ」という意味です。人間には無限の価値があるのです。

そのため、無限の価値を持つ人間を戦争などで犠牲にしたり、利益を得るための手段として道具のように利用したりしてはいけないと考えました。逆をかえすと、人間はお互いを尊重することが大切だとしました。ここで言う「お互いを尊重する」とは「相手の自由を奪わない」という意味です。

つまり、人間は無限の価値を持つため、相手の自由を奪わないようお互いを尊重しあえば、人々が争うこともなく、世界から戦争をなくせるのではないか、と考えたわけです。このような状況を「目的の王国」と表現し、永久平和の実現を目指すために必要であるとしました。これら一連の考え方をカントは人格と表現しました。

 

【ヘーゲルの「自由」】

ヘーゲルという人は、「人倫」が人生の自由度を決めると考えました。

人倫とは、「自由は現実の人間関係で決まる」という考え方のことです。だとしたら、現代社会での人間関係はどのように決まるのでしょうか。ヘーゲルは、この人間関係は主観的な要素である「道徳」と、客観的な要素である「法」の2つによって決まる、と考えました。

つまり、人々の人間関係は人間の内側にある道徳という心の面と、人間の外側(=社会)にある法律という仕組みの面の2つで決まるというわけです。

 

また、ヘーゲルは人倫を3段階でとらえました。

人間関係の最初の段階は「家族」です。家族生活の中では、当然自由がありますが、家庭内にも必要なルールは存在するはずです。また、家族の次の段階で考えるべきは家族よりも大きなコミュニティとしての「市民社会」です。人々が普段生活している市民社会では、お互いに道徳を発揮しながら法を活用して、市民社会での自由を実現しています。

ところが、家族における道徳と法や、市民社会における道徳と法は、対立することも考えられます。(家族を優先すると、市民社会をないがしろにしてしまうことだって少なくありません。)そこで、家族と市民社会の両方のコミュニティが納得できる落としどころを作るように、最後の段階である「国家」が調整するとされています。

つまり、国家が家族と市民社会を調整することで、全てが上手く折り合いがつくようになる、という考えです。

 

このように、対立の中から新しい段階が登場する発想を「弁証法」と呼びます。(パンも食べたいが、ハンバーグも食べたいから、2つ組み合わせたハンバーガーを食べよう!みたいなイメージです。)

 

カントとヘーゲルは、それぞれの考え方で自由を実現するための方法と、なぜその方法で実現できるかという根拠を考えました。(なお、カントとヘーゲルの考え方をドイツ観念論と呼びます。)

タイトルとURLをコピーしました