7-7.【要点まとめ】 核兵器廃絶と軍縮への取り組み

【核兵器廃絶の方法検討】

核兵器廃絶のための方法として考えられるものの1つは、「声をあげる」という発想です。実際に、ストックホルムアピールと呼ばれる5億人の署名活動、原水爆禁止世界大会の第1回大会の広島での開催、パグウォッシュ会議と呼ばれる、ラッセルやアインシュタインなどの科学者が参加する会議の開催とラッセル・アインシュタイン宣言の発表など、各地で声をあげる活動が見られています。

もう1つは、「組織が動く」という発想です。国連では、国連軍縮特別総会が開催され、軍縮に向けて動き出しています。

 

【核兵器廃絶へ向けたルール作り】

 核兵器廃絶へ向けたルールのポイントは「廃絶を規定する範囲が徐々に拡大している」という点です。

 

世界各国では、最初に「部分的核実験禁止条約(PTBT)」が制定されました。ただし、この条約は地下での核実験はOKとしています。(ただし、PTBTは核保有国であるフランスや中国が不参加です。)

その後「包括的核実験禁止条約(CTBT)」が出ています。この条約で核爆発実験の禁止を決めたのですが、未臨界核実験(核爆発一歩手前までの実験)はOKというルールになっています。(CTBTは、アメリカ、中国、インド、北朝鮮などが条約を批准していません。)

なお、部分的と包括的の間には「核拡散防止条約(NPT)」があります。この条約では、国連の常任理事国5か国(米英仏ロ中)に核保有を認める代わりに、核を持っていない国が新たに核を保有することを禁止しました。さらに、核拡散防止条約では、核を持っていない国はIAEAの査察を受け入れる義務があります。ちなみに、NPTについては、1970年から25年間という期限がありましたが、1995年に再検討会議が行われ、条約の無期限&無条件の延長を決定しています。(なお、昔のIAEAの事務局長は天野之弥さんという日本の方でした。)

 

また、米ソ間では、最初に「戦略兵器制限交渉(SALT)」が制定されました。この交渉では、「核弾頭の運搬手段数」を制限しました。なお、SALTはSALTⅠとSALTⅡの2回あり、1回目は米ソの両方が批准していますが、SALTⅡはソ連のアフガニスタン侵攻を理由に、アメリカが批准していません。

ただし、この交渉はあくまでも「制限」です。そこで、「制限」から「削減」へと大きく進歩させました。これを戦略兵器削減条約(START)と呼びます。この条約で、「核弾頭数」を削減しました。また、STARTもSALTと同じようにSTARTⅠとSTARTⅡがあります。STARTⅠは核弾頭を一定数削減し、STARTⅡは核弾頭の削減数を増加させようとしましたが、STARTⅡは実現しませんでした。(同時多発テロが発生したため。)そのため、同時多発テロの翌年2002年に、モスクワ条約という条約を作り、STARTⅡの代用として機能させました。

さらに、2009年にSTARTⅠが失効することを受け、2010年に新STARTが発効され、モスクワ条約以上の核軍縮が目指されました。(この時に調印したアメリカ大統領がオバマでした。オバマは、「核なき世界」という演説を行い、ノーベル平和賞を受賞しています。)

なお、SALTとSTARTの間には「中距離核戦力(INF)全廃条約」があります。核弾頭を外すという形で中距離ミサイルの初の全廃を目指しました。ただし、あくまでも核弾頭を「外す」だけで廃棄まではしていません。

 

このように、世界全体の核軍縮は「部分的核実験禁止条約(PTBT)→核拡散防止条約(NPT)→包括的核実験禁止条約(CTBT)」と展開し、米ソ間の軍縮は「戦略兵器制限交渉(SALT)→中距離核戦力(INF)全廃条約→戦略兵器削減条約(START)→新START」と展開しています。

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