2-3.【要点まとめ】 自由権の概要と精神の自由について

【自由権の概要と注目する視点】

自由権とは「個人が国家権力による束縛から自由に行動する権利」とされます。「国家からの自由」というイメージです。

この権利は[①精神/②経済活動/③身体]の大きく3種類に分かれます。また、自由権は日本国憲法の個人の尊重が背景にあります。

そして、自由権は「権利の名称 ― 裁判 ― 判例」という3つの視点に注目して理解していくことが必要となります。

 

【精神の自由】

精神の自由は、思想良心の自由/信教の自由・政教分離の原則/表現の自由/学問の自由 など様々な内容が含まれます。

 

〈思想良心の自由〉

名称の通り、人々はどのようなことを考えようと自由だという話です。(考えたことを実際に行動に移すのとはまた別の話です。)代表的な裁判に三菱樹脂事件(三菱樹脂という会社に入社したAさんが試用期間中に、学生運動を行っていた事実が発覚してクビになったのは憲法の思想良心の自由に反するかという裁判)があります。

三菱樹脂事件の判決は、「違法ではない(クビにして問題ない)」となりました。事件の内容は「個人」対「個人」です。個人対個人はお互いに自由なので、違法性はないという判決になりました。

 

〈※参考:思想・良心の自由の侵害の疑いのある法律〉

思想・良心の自由の侵害の疑いのある法律を2つ確認します。

1つは「国旗・国家法」です。この法律では、日の丸や君が代を強制することになるのですが、強制は思想・良心の自由の侵害になるのでしょうか。実際に、卒業式での国家斉唱の拒否に対して懲戒となった事例がありますが、最高裁判所は、懲戒は合憲(国旗・国家の強制は問題ない)として扱っています。

もう1つは、教育基本法の改正です。この法律に「愛国心」教育について明記されるようになりました。愛国心まで教育することは若者の思想・良心の自由の侵害になるのでしょうか。

 

〈信教の自由/政教分離の原則〉

信教とはなんの宗教を信じるのも自由という話です。その内容の一部に政教分離の原則があります。代表的な裁判に津地鎮祭訴訟愛媛玉ぐし料事件があります。

津地鎮祭訴訟(地鎮祭への公費支出)の判決は、政教分離の原則に違反しない(=違憲ではない)でした。裁判所は、①行為の目的に宗教的意義が含まれるか/②支出の効果が特定宗教への援助にあたるか、という2つの基準で判断しました。(これを目的効果基準と言います。)①地鎮祭は世俗的行事であり、宗教行事ではないため、宗教的意義は含まれず/②支出の効果は、特定宗教の援助にあたらないと判断し、合憲となりました。

また、愛媛玉ぐし料訴訟(靖国神社への玉ぐし料の公費支出)の判決は、「憲法違反にあたる」でした。

なお、空知太神社訴訟と呼ばれる、公有地を神社の敷地として無償で使用させたことが政教分離の原則に反するのではないか、という論点の裁判も違憲判決が出ています。

 

〈表現の自由〉

日本国民は、何を表現するのも自由という、名称の通りの内容です。表現の自由があるため、憲法では日本政府による検閲(出版物の内容を事前に確認して、出版の是非を判断すること)の禁止が明記されています。では、この表現の自由はどこまで認められるのかについて、代表的な裁判を家永教科書裁判と言います。

家永教科書裁判では、教科書検定は表現の自由に反し、また検閲に該当するのではないか、として争われました。裁判所の判断は「教科書検定は合憲である」です。裁判所は、教科書という性質上、検定を行うのは仕方ないとしています。そのため、児童生徒が普段使っている教科書には「検定済み」という表現がどこかに記載されています。

 

〈学問の自由〉

学問に憲法上の制限がかかると科学的な進展がなく、新たな発見につながることも難しく、結果的に学問が止まってしまうので、憲法では学問の自由を保障しています。そんな学問の自由を根拠とした裁判として東大ポポロ事件(偵察にした私服警官に東大生が暴行したが、学問の自由を理由に無罪を主張)がありますが、東大ポポロ事件では東大生に有罪の判決が出ました。最高裁判所は、「学問の自由と政治的自治は無関係」という判断を出しました。(ただし、一審と二審は無罪でした。)

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