政治システムは、「王様に決めてもらう王権神授説」から「市民で話し合って決める社会契約説」に物事の優先順位の決め方が変わっていったという経過があります。そのきっかけとなったのが市民革命でした。(市民革命で有名な国は、イギリス・アメリカ・フランスの3つです。)
【イギリスの市民革命】
イギリスでは、当時の人々がジョン王に反省してもらうように促し、その反省文として1215年にマグナ=カルタ(大憲章)が誕生しました。
そして、三十年戦争の時にチャールズ1世がジョン王と同じようにイギリスを支配し、市民から反発を受けていたため、当時の人々から1628年に権利請願が出されました。これは、「マグナ=カルタの内容を再度確認してください」というお願いのことですが、そのお願いをチャールズ1世は無視し続けたため、もう革命を起こすしかない、という市民の動きによって、清教徒革命(ピューリタン革命)と名誉革命という2つの市民革命が起こりました。
結果的に、1689年に権利章典として認めさせました。つまり、市民革命によって権利請願というお願いから、権利章典という実際のルールへの格上げまで行ったということになります。
なお、現在のイギリスは、不文憲法として日本のように憲法を明文化はしていませんが、マグナ=カルタ・権利請願・権利章典の3つの考え方は不文憲法の考え方に根付いていると言われています。
【アメリカの市民革命】
アメリカは独立革命という市民革命を経て、1776年にアメリカ独立宣言を出しました。
この宣言では、自然権思想(創造主から天賦の権利を…)と抵抗権(人民はそれを改廃し…)が主張されました。なお、起草はジェファーソンという人で、ロックの社会契約説の影響を受けたと言われています。(ロックは権利を信託する際に、権力者が暴れたら抵抗権を使ってよい、という発想でした。)そのため、アメリカ独立宣言でも抵抗権がうたわれているわけです。
【フランスの市民革命】
フランスはフランス革命という市民革命を経て、1789年にフランス人権宣言が出されました。
この宣言では、国民主権・権力分立・自由と権利の平等などがうたわれました。なお、起草はラファイエットという人です。
このように、イギリスはマグナ=カルタ・権利請願・権利章典を、アメリカはアメリカ独立宣言を、フランスはフランス人権宣言を獲得しています。