2-2. 古代ギリシア哲学の3人は「幸せ」についてどのように考えていたのか(西洋の源流思想)

「効率的に勉強や仕事を進める方法・アイデアを考える」と言われたら、どのようなことが思いつくでしょうか。

あるアンケート調査によると、効率的に物事を進める方法として、「やることの管理」、「スケジュールを立てる」、「効率化のためのシステム・ツールの活用」、「時間を区切る」、「整理整頓する」などがあげられるそうです。(※参考:仕事効率化のための取り組み方法ランキング(Biz Hits)より)

 

「効率的に進める」などのように、頭を使って論理的に物事を進めていく考え方を合理主義と呼びます。合理主義は理性(感情に振り回されず、物事を筋道立てて考えること)を重視することが前提となります。

ギリシアという国では、古代から理性(ロゴス)を重視した合理主義が考えられ、代表的な人物が3人登場しました。

そして、古代のギリシアでは、根本として「幸せ」に注目していたことがあげられます。(当時、戦乱のギリシアでも、一部の人は「幸せ」とはなにか、と言った問いを考えられる暇があったというわけです。)

 

では、理性で考えた「幸せ」とはなんなのでしょうか。

 

【ソクラテスの「幸せ」】

人は、なぜ「幸せ」ではないと感じることがあるのでしょうか。

ソクラテスという人によれば、人が幸せになれないのは「幸せとはなにか」を知らないからだと考えました。

そのため、「自分は知っていない」ということ、つまり、自分が無知であることを知るのが大事だと考え、この考え方を無知の知と表現しました。そして、無知の知を自覚できれば、知ることを愛せるようになると考え、これを知への愛と表現しました。

 

では、ソクラテスの考える「幸せ」とはなんでしょうか。

 

ソクラテスは、「幸せ」とは「よく生きる」ことの重視だとしました。よく生きるとは、「立派に生きる」ことを指します。

 

では、人生でなにをすると人は「立派に生きる」ことができて幸せになれるのでしょうか。

 

ソクラテスの答えは、魂(プシュケー)への配慮でした。魂とは人間の心だと思ってください。つまり、人間である自分自身の心に配慮することで、立派に生きられるのだとしました。(人間を、自分自身を大切にしていきましょう、という考え方です。)

 

では、どうすれば自分自身の心に配慮することができるのでしょうか。

 

突然ですが、あなたの好きな芸能人を1人思い浮かべましょう。その人の考えていることで、1つだけ知ることができるとしたら、なにを知りたいでしょうか。

 

ソクラテスは、自分自身の心に配慮するためには、「なにがよいものなのか」を知ることが大切だと考えました。要は、相手のことを理解して、相手にとってなにがよいものなのかを知れば自分自身の心に対しても配慮する行動が取れるようになり、結果として幸せになれる、という考えです。これを善さ(徳、アレテー)を知ると表現しました。

 

では、なぜ善さ(徳)を知ることが大切なのでしょうか。

 

それは、そもそも「徳がなにであるか」を知らないと、徳を行動に反映できないからだとされます。この考え方を「知行合一」と呼びます。そして、徳を知って行動に移せれば幸せになれると考え、これを「福徳一致」と呼びます。

ちなみに、このように問いを立てながら対話を通じて相手に無知を自覚させ、真理に導くやり方を問答法と呼び、ソクラテスが実践していたとされます。

 

【プラトンの「理想」と「幸せ」】

「理想の人生」とは、どのような人生なのでしょうか。そして、その理想の人生はどうすれば実現することができるのでしょうか。

 

古代ギリシア哲学の2人目であるプラトンという人は、幸せは理想(イデア)を追求することだと考えました。そして、イデアの中でも特に重視したのが「愛の理想(エロス」を追求することでした。エロスとは、愛に対する永遠の理想のことを指します。

 

では、人間の「理想の恋愛」とは、どのようなものなのでしょうか。

 

プラトンは、「理想の恋愛」は理性」で求めるものだとしました。つまり、なんとなくの空想や一時の感情などではなく、合理主義にもとづいて理性を用いて論理的に愛の理想を追求することに重きを置いたというわけです。

このように、プラトンは理想をベースに様々なことを考えていきました。そして、プラトンが特に強く主張したのが「理想の徳」と「理想の政治」です。

理想の徳は、「四元徳」だと考えました。人間には理性以外にも欲望や気概などの様々なものを持っています。ただし、欲望や気概などは、暴走すると周囲や自分に悪影響を及ぼしてしまう可能性も考えられます。そこで、欲望と気概は人間の持つ理性でコントロールすると、理性と欲望と気概がバランスを取り、自分自身にとっても、社会全体にとっても良い(=正義が実現できる)のではないか、と考えました。この理性・欲望・気概・正義という4つの一連の考え方を「四元徳」と呼びました。つまり、「理性」が「欲望」と「気概」を統制することで正義を実現するという考え方です。

また、理想の政治は哲人政治でした。哲学者が政治のトップに立つべきだという発想です。

 

【アリストテレスの「現実」】

古代ギリシア哲学の3人目であるアリストテレスは、幸せの定義のようなものを「形相」と名付けました。形相は個々が持っていて、個々によって違うと考えました。(幸せの答えは人間なら人間独自の、動物ならその動物独自の答えを持っているという前提です。)

 

では、人間の場合の形相はなんなのでしょうか。

 

アリストテレスは、人間の場合は倫理的徳(習性的徳)が形相だと考えました。倫理的徳とは「人柄」のことだと思って下さい。つまり、良い人柄を持っていれば、それが人間にとっての幸せであると考えました。

 

では、良い人柄とはなんでしょうか。

 

これは、人によって答えが違うため様々な解答が予想されますが、「良い人柄」についてどのように定義したとしても、アリストテレスは、2つのことを注意すべきだとしました。

1つは、「体得が必要」だということです。つまり、その人柄がクセになるくらいまで身につけるべきだという発想です。(体得の理由は、感情に左右されないことが重要だとされるからです。感情に左右されるような人柄は決して良い人柄とは言えないでしょうし、その人柄をクセになれば感情に左右されずにすむという話ですね。)そうすれば、その人柄を習性として日頃から発揮できるようになります。(なので、倫理的徳を習性的徳とも表現します。)

そして、もう1つは、「中庸を意識する」という発想です。中庸とは、「真ん中を目指すこと」です。極端な人柄にならず、真ん中を目指すべきだとしました。

〈※注意:「中庸」と「中道」〉
 「中庸」とは真ん中を目指すことですが、似た言葉に「中道」があります。これは、仏教の考え方で「両極端を避ける」という発想です。中庸はアリストテレス、中道は仏教です。

また、アリストテレスは倫理的徳について2つのことを考えました。

1つめは、「具体的にどんな人柄が幸せか」です。これについてアリストテレスは幸せな良い人柄と幸せでは無い悪い人柄を考えました。

悪い人柄は、「お金、名誉、快楽など」を追求する人柄だとしました。

一方、良い人柄は、「純粋に理性を働かせることを楽しむ」人柄だとしました。そこに利害が絡まない、純粋な人柄で生活する様子を「観想(テオーリア)的生活」と表現しました。

2つめは、「幸せを願い、調整すること」です。そのためには、アリストテレスは「友愛」と「正義」という2つを重視するべきだとしました。友愛とは「他人の幸せを願う」こと、正義とは「全員の幸せを調整する」ことです。これらを前提とすると

 

アンパンマンは「友愛と正義を実現している」と考えることができるでしょうか。

 

アリストテレスは「正義」を以下のように考えました。

まず、正義を「全体的正義」と「部分的正義」に分けました。全体的正義は、名称の通りすべてにおいて正義を実現する状態です。一方、部分的正義は、「配分的正義」と「調整的正義」の2つに分けられると考えました。

配分的正義は、「その人の名誉や報酬などで配分する正義」を指し、調整的正義は、「公平になるように調整する正義」を指します。

これらの考え方を前提とすると、バイキンマンを倒すことによる正義の実現は全体的正義と言えるのでしょうか。バイキンマンが世界をより良くするようなアイデアを具現化すれば、アンパンマンよりも正義を実現できるかもしれないですし、バイキンマンの立場から見れば、アンパンマンは正義を邪魔する要因としてとらえられても仕方ないかもしれません。

このように「正義」について考えていくと、アンパンマンは本当に正義なのでしょうか。

 

このように、古代ギリシアでは、有名な3人の哲学者がそれぞれ「幸せ」について考えました。
ソクラテスは、何が幸せかを知り、その幸せになるように行動していくことが大切だとしました。プラトンは、理想(イデア)を追求することが幸せだと考えました。
アリストテレスは、純粋に理性を楽しむ人柄と、友愛・正義が幸せだと考えました。

ソクラテス、プラトン、アリストテレスの3人が、それぞれ「幸せ」について考えましたが、今後、より多くの人々が幸せに生きていくためには、どのような考え方が必要なのでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました