【人間の尊厳とは】
「人はみんな違ってみんな素晴らしい」
この言葉は本当でしょうか。
よく、「人間には尊厳がある」と言います。尊厳とは尊くて気高いという意味です。そういう視点で考えれば、「人間には他者と比較できない、根源的な価値がある」と考えることができます。つまり、人間の尊厳とは人間の根源的な価値だと考えられます。では、
人間には、どのような(根源的な)価値があるのでしょうか。
人間の尊厳については、2人の人物が考えています。
1人はシュヴァイツァーという人です。彼は、人間の尊厳として「心から敬うこと」に重点を置きました。これを「畏敬」と呼びました。また、彼は「自然界全ての生命を尊ぶべき」だと考えました。これを「生命への畏敬」と表現しました。つまり、人間の価値の1つは「全ての生きとし生けるものに対して心から敬うこと」というのが考えられます。
もう1人はガンディーという人です。彼は、アヒンサー(不殺生)を土台に「非暴力主義」を提唱しました。非暴力主義は、相手を尊敬していないと成立しません。
やはり、互いに尊敬している、安心などが重要だというわけです。
【人間の平等とは】
結婚した時の名字はどうあるべきでしょうか。名字は別々にしてもよいでしょうか。それとも、どちらかに合わせるべきでしょうか。
名字を別々にすることを夫婦別姓と呼びます。
夫婦別姓のメリットは、自分の名字を失わない、結婚に対する障害が減る、一方が名字を変える不平等さがない、などがあげられます。
また、夫婦別姓のデメリットは、家族がだれかわかりにくい、日本の伝統文化の消滅、結婚時に揉める、などがあげられます。
なお、名字を別々にしないのは日本が圧倒的に多いとされています。現状の日本も、法律の観点から、夫婦別姓を認めていません。
夫婦別姓を認めていない状況は、はたして「平等である」と言えるのでしょうか。
「平等」とは「全ての人間が等しく扱われること」とされます。(憲法における個人の尊重を根拠としています。)
ちなみに、平等の対義語はなんでしょうか。
不平等ではなく、「差別」です。つまり、夫婦別姓を認めていない状況が平等ではないとするならば、夫婦別姓を認めていない状況は差別が存在している状況である。ということになるのでしょうか。
現代社会は、夫婦別姓以外にも様々な差別に当たると考えられるかもしれない事案が多く残っています。
はたして、差別をなくすために、社会や個人ができることは、なにが考えられるのでしょうか。
このような、問題解決を図る際は、その問題の発生要因も一緒に考えることが重要です。
では、なぜ根本的に差別が発生してしまうのでしょうか。
差別の発生の背景にはいろいろとありますが、1つは「少数者(マイノリティ)に対する独断や偏見があること」だとされています。
そして、差別をなくすためには様々な啓発活動や教育など、あらゆる手段が考えられますが、現状は「寛容さ」を人々が持って差別に向き合い、対応していく必要があるとされています。
【「男女」と差別について】
社会での「女性の積極的登用」は推奨すべきでしょうか、それともあえて推奨する必要はないのでしょうか。
また、近年は男女共同参画社会の重要性が叫ばれていますが、実現するために必要な考え方はなんでしょうか。また、そもそも実現する必要があるのでしょうか。
男女共同を実現する考え方の1つは「ジェンダーに縛られない」という点です。ある意味で当たり前なのかもしれませんが、難しくもあります。
もう1つは「積極的差別是正政策」を実現するという点です。別名をアファーマティブアクションと言います。「社会での女性の積極的登用」は、男女間の格差を解消するという意味で、まさしくアファーマティブアクションの一例です。
現実社会には様々な差別がありますが、その差別がなぜ問題なのかを考えていくことが必要なのかもしれません。